川のある下町の話
昭和25年頃、未だ戦争の傷跡が癒えない日本に復興の足音が聞こえ始めた時代の下町を舞台にした小説です。
主人公は研修生として町の大きな病院で働く青年、栗田義三。
薄幸の少女・ふさ子、同僚の女性である民子、いとこの女学生・桃子といった3人3様の女性が登場し、義三へ密かに恋心を抱くという、まるでドラマのような恋愛ストーリーが展開されてゆく前半は川端康成の作品としては意外な展開です。
やがて読み進めるにつれ本作品は恋愛小説ではなく、義三を含めた3人の女性を通して、その時代を生きた人間たちの姿を描きたかったことに気付きます。
たとえば義三がもっとも心を寄せた"ふさ子"がその典型的です。
戦争孤児として幼い弟と2人で焼け跡に建てた小屋で暮らすものの、義三の必死の看病の甲斐なく病魔によって弟を失ってしまいます。
身寄りのないふさ子は(好意を寄せているにも関わらず)義三の世話になることを躊躇し、米軍基地によって賑わうキャバレーがある福生へ流れ着くことになります。
ここにはふさ子と同じような境遇の若者が集う街でしたが、義三を忘れられないふさ子は更なる悲劇を体験するのです。。。
もちろん民子や桃子に嫉妬心が無い訳ではありませんが、義三だけでなく彼女たちもふさ子へ対する善意で温かい手を差し伸べようとします。
善意による手助けと、それが善意であることを痛いほど分かっているだけに身を委ねきれない歯がゆいシーンが何度か登場します。
善人が必ずしも幸せな人生を送れるとは限りませんし、むしろ生き馬の目を抜くような狡猾さと図々しさが戦後復興期の混乱には必要だったのかも知れません。
不器用な人生を選んだ人たちの美しくも切ない物語の中に、川端康成が持つ"死生観"がしっかりと練りこまれている作品です。