レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

あやし うらめし あな かなし



何となくタイトルから想像できますが、"怪談"をテーマにした浅田次郎氏の短編集です。

本書に収められているのは以下の7編です。

  • 赤い絆
  • 虫篝(むしかがり)
  • 骨の来歴
  • 昔の男
  • 客人(まろうど)
  • 遠別離
  • お狐様の話

著者の浅田氏は怪談や幽霊の類を信じない現実的な性格ですが、一方でダイナミックでロマンチックな人情小説の名手として知られています。

つまり偶然と思えるような運命の必然を物語にするためには、時には"超常現象"といった演出をためらいもなく小説の中に取り込むことが出来る作家であり、これは小説家としての"現実主義"といえるかも知れません。

本書はそんな著者が手掛けた"怪談集"といえる作品であり、霊的な存在を確信している作家が執筆するよりも、より生々しい現実感を読者へ与えてくれる内容になっています。

ただし作品ごとに印象はだいぶ異なります。

赤い絆」、「お狐様」は奥多摩にある神社を舞台にしているだけに、正統派の怪談という雰囲気を漂わせていますが、「虫篝」、「昔の男」、「遠別離」については著者の得意とする人情小説の雰囲気を色濃く感じます。

骨の来歴」、「客人」については完全にモダンホラーといえる作品であり、先ほどは"怪談集"と紹介しましたが、実際には著者の多彩な試みが見て取れる短編集になっています。

もちろん読者によって好みの作品は分かれると思いますが、個人的には「赤い狐」、「お狐様」といった怪談に興味を持ちました。

ホラー作品の完成度は作家の創造力に多くの比重を置き、また浅田氏の創造力の高さは過去の作品からも実証済みです。

一方で怪談としての完成度は歴史的背景の肉付け、もっと具体的にいえば柳田国男のような民俗学的な裏付けが欠かせない要素であり、この側面から見ても完成度の高い、浅田氏の新しい一面を垣間見たような新鮮な作品だからです。

とにかく1冊で色々な怪談を楽しめる贅沢な作品であることに間違いありません。