男の一生 (下)
前回に引き続き、遠藤周作氏による秀吉に仕えた武将・前野長康(通称:将右衛門)を主人にした長編戦国歴史小説のレビューです。
当然のように本作は将右衛門の生涯をなぞる形で物語が展開されてゆきますが、そこには将右衛門の妻あゆを始めとして、将右衛門が密かに憧れを抱く、または彼の運命を左右する女性の姿が現れては消えてゆきます。
まずは信長の側室となる吉乃、そして信長の妹であるお市と、彼女の娘でのちに秀吉の側室となる茶々(淀殿)、息子の妻となる於蝶、養女のお辰、女諜者として登場するお栄といった数々の女性が登場します。
彼女たちはヒロインとして物語を彩ると同時に、社会的地位の低かった当時の女性たちが弱者として運命に翻弄され続ける姿に戦場では勇敢に活躍する将右衛門が同情するシーンが何度も登場します。
そこには作品の時代背景、ジャンルを越えて常に世の中の弱者に焦点を当て続けた遠藤氏の一貫したメッセージが見て取れます。
やがて時代が流れ、信長や秀吉の陣営に属した武将として長らく勝者の立場であり続けた将右衛門自身も例外ではなくなります。
その将右衛門の置かれた立場は、現在社会の中にも容易に見つけることができます。
たとえば墨俣一夜城で小六(蜂須賀正勝)とともに奮戦し、秀吉を黎明期から支え続けてきた小豪族の将右衛門は、いわば高卒で会社に就職し、その会社の成長に大きく寄与してきた叩き上げの社員です。
彼の活躍は誰もが認めるものでしたが、やがて会社が大きく成長し、石田三成や小西行長といった後輩の一流大学出身のエリート組に出世で追い抜かれ、社長の血縁組である加藤清正や福島正則にも同様に追い抜かれ、さらにライバル会社から引き抜かれた徳川家康や前田利家といった幹部にも大きく差を開けられます。
現場一筋で通してきた将右衛門は組織の経営やマネジメントといった分野に疎く、子会社(豊臣秀次)の重役として出向させられます。
すっかり定年間近となった将右衛門は、遠い昔に秀吉たちと共に不安定な創設期を過ごした日々を振り返り、その時代がもっとも自分が輝いていた時期だったことに気付くのです。
しかし子会社の経営に失敗した社長(秀次)の責任に連座させられ、最終的には親会社の命令で辞任(切腹)を強制されることになるのです。
もっとも長い期間に渡って苦楽を共にしてきた秀吉は大企業の社長として絶対的な権力を振るうようになった途端に人が変わってしまい、そんな将右衛門との絆を忘れてしまったかのような容赦のない決断を下したのです。
これを単純に人間にとっての幸福は地位や金では測れないという結論を導き出すのは安易に過ぎるように思えます。
そこには不器用で時代の流れに取り残されながらも、自らの人生を生き抜いた「男の一生」が堂々と横たわっているのです。