オールド・ルーキー
メジャーリーグ史上最年長の35歳でデビューしたジム・モリスの実話を基にした同タイトルの映画を知っている人も多いと思いますが、本書はそのジム・モリス本人が執筆した自伝です。
ジム・モリスは自身のことを無口な性格であり、自分から会話を始めることが少ないと紹介しています。
彼の生まれたのは西テキサスのブラウンウッドという小さな町であり、何百キロも離れた小さな町々との間は灌木の茂みしかない荒野の広がるアメリカの典型的な田舎で生まれました。
試しにGoogleマップで西テキサス郊外の風景を確認すると、殺風景な土地と空の境目にある地平線に向かって延々と道路が伸びてゆく様子を見ることができます。
母は若くして結婚してジムを出産しましたが、父が海兵隊であるため家に不在にすることが多く、勤務先(基地)が転勤となる機会も多かったため、学校に入学してからも転校を繰り返す少年期を過ごしました。
そのため仲の良い親友を作る機会に恵まれず、自分にとっての一番の親友はスポーツだったと振り返っています。
運動神経抜群の少年が、転校先ですぐにスポーツを通じて受け入れられるのはアメリカでも共通であり、野球やフットボール、バスケットボール何をやらせても上手だったことが、口数の少ない少年にとって強力な処世術となりました。
それでもジムにとって最も好きだったのは野球でしたが、彼がハイスクール時代を過ごしたテキサス州ブラウンウッドではフットボールが盛んな地域ということもあり、野球シーズンは年間で十数試合しか開催されず、ジム自身も主にフットボール選手として活躍することになります。
それでも野球のサマーリーグで活躍した姿をブルワーズのスカウトに見出され、ドラフト指名されるという運命に巡り会います。
ジムはその話に飛びつきますが、後になって振り返ってみれば、それは必ずしも彼にとって幸運な出来事とは言えないものでした。
野球選手として経験の少ないジムは、経験豊かなコーチに指導された経験が少なく、また社会人としても未熟でした。
いきなり苛烈な競争が繰り広げられる教育リーグに放り込まれ、精神的な未熟さからストレスに晒され、また肘を故障するという不運に見舞われます。
結局ジムはメージャーはおろか、3A、2Aにさえ1度も昇格するなく、結婚し子どもが生まれ家計を安定させる必要性からも24歳で野球を諦めざるをえなかったのです。
メジャーリーガーは日本のプロ野球選手の何倍もの報酬を手にすることができますが、それは一般的に7つと言われるピラミッド階層の頂点に立つ一握りのメジャーリガーのみに許された特権であり、日本プロ野球とは比べ物にならない"狭き門"であることも現実なのです。
華麗に活躍するメジャーリーガーたちの裏では、その何倍もの野球選手が脱落する厳しい世界であり、若き日のジムもその1人に過ぎなかったのです。
ジムは職を転々としながら大学で学位を得て、やがて高校の教師とスポーツコーチとしての職業を得ることになります。
やがてハイスクールで野球チームを率いるようになったジムは、子どもたちのやる気を鼓舞するために、プレイオフに進出したらメジャーリーグのトライアウトを受けるという、成功の可能性が限りなくゼロに近い約束を取り交わした頃には、30代半ばになっていたのです。
そこから先は本書を読んでのお楽しみですが、彼がメジャーリーガーとして成功するまでの人生を振り返る時、その道は決して平坦ではなく、むしろ厳しいイバラの道であったことが分かります。
人は誰でも「夢」を見ますが、それを現実にかなえることのできる人はごく少数です。
傷つき多くのものを犠牲にし、それでも夢を追い続けることを強制することは誰にも出来ませんが、夢を諦めないジム・モリスの姿が多くの人たちへ希望を与え、自分がその象徴的な存在であることを誰よりも自覚しているからこそ、本書を執筆したのです。
彼の物語は、厳しい競争が繰り広げられるスポーツの世界で起きた奇跡として、これからも語り継がれてゆくでしょう。