自動車絶望工場
「日本を代表する企業といえば?」
アンケート結果は間違いなく2位以下に圧倒的な差をつけて「トヨタ自動車」が選ばれるに違いありません。
2015年には約28兆円の売り上げと2.8兆円の営業利益を計上している、日本だけでなく世界中で知られた企業です。
トヨタの経営戦略、生産管理(+品質管理)をテーマにしたビジネス書は数多く存在し、私自身もそうした本から感銘を受けた経験があります。
世界を席巻するトヨタの存在は日本の経済政策を左右し、また大スポンサーとしての地位を考えれば称賛する意見は多くとも、批判的な声は決して大きくはありません。
しかしおよそ国家にしろ企業にしろ、大きな力をもった組織が光り輝けば輝くほど、またその闇も深いものになるという点では歴史上例外はありません。
今から40年以上も前に、その大組織の闇へ迫ったルポルタージュが本書「自動車絶望工場」です。
著者の鎌田慧氏は今や日本を代表するルポライターの1人ですが、著者自身が1972年に季節工員(期間工)として半年間トヨタの自動車工場で実際に働きながら体験取材するという、当時としては画期的な方法を用いました。
もちろん自らのルポライターという身分は隠し、自身の故郷・弘前の職安を経由するという正規のルートで採用されます。
大量の季節労働者によって工場が運営されている事実から分かる通り、自動車という精密機械を製造するにも関わらず、その組立工程においては専門の知識や技術は必要ありません。
高度に機械化され、細分化された自動車製造の過程は、コンベアから流れてくる部品のスピードに合わせて、ひたすら合理化された手順で作業を繰り返すだけです。
しかもそのコンベアの速度は、作業員が無駄なく作業を終わらせた場合のギリギリの時間に設定されており、単調な作業をひたすら反復することだけが人間に求められます。
つまり人間が機械を操るのではなく、機械が人間を操るのが自動車工場の現実なのです。
一方職場に置かれた「トヨタ新聞」には、同社の国際進出、生産台数や営業利益の新記録樹立、公害安全対策といった綺羅びやかな記事のみが並び、現場の労働者との対比をいっそう際立たせます。
世間に殆ど届くことのない、疲れ切って希望を見い出せない労働者の姿を自ら体験取材することで伝えた本書は、40年以上が経過した今でも間違いなくルポルタージュの名作であり続けるのです。