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山本五十六 (上)

山本五十六 (上巻) (新潮文庫)

第二次世界大戦における山本五十六は、当時の首相である東条英機と並んで有名な軍人ではないでしょうか。

明治27年に連合艦隊司令長官の地位が創設されて以来、長くとも2年程度で交代するのが日本海軍の伝統でしたが、国運を賭けた海戦時にその地位にいたのは、日露戦争時の東郷平八郎と太平洋戦争時の山本五十六の2人しかいません。

とくに山本五十六は有名なだけでなく、今なお人気がある点が東条英機と決定的に違う点です。
その理由を考えると、大きく3つの要因が考えられます。

まず最初に真珠湾攻撃、つまりアメリカへの緒戦の奇襲攻撃によって大きな戦果を挙げたことに裏付けられる実績(能力)が評価されている点です。

次に山本が連合艦隊司令長官という軍人として考えうる最高の地位にあったにも関わらず、冷静にアメリカとの圧倒的な国力の差を分析して開戦に反対し続け、のちにソロモン諸島で戦死を遂げるという、悲劇のヒーローとしての側面が考えられます。

最後に多くの部下から尊敬され、同僚からも慕われていた、その人間的な魅力によるものです。

これだけの要素を挙げると日本人好みの「判官びいき」にぴったり当てはまる人物であり、事実、戦後においてさえ山本五十六を軍神として神聖化する風潮があったようです。

しかし誰よりも神として祀られることを嫌ったのが山本自身であり、その人物像に迫った伝記として決定版ともいえるのが、阿川弘之氏による本書「山本五十六」です。

阿川氏は本書を執筆するにあたり多くの証言や記録を元にして、文庫本にして900ページにも及ぶ大作に仕上げています。

本作品の特徴は、当時の軍人だけでなく、故郷(新潟県長岡市)の親戚や知人、家族や愛人に至るまで多方面に渡る取材を行っている点です。

そこからは山本の強い信念や考え方はもちろん、時には複雑な心境や迷いなどが垣間見れ、山本への批判的な意見さえも取り入れています。

ともかく多くの関係者の証言や書簡が紹介されており、本書を執筆するために膨大な労力を費やした著者の思い入れが伝わってきます。

それも著者の阿川氏自身が戦時中に海軍に所属していた経歴を持っていることもあり、自身の青春を捧げた日本海軍へ対して郷愁と愛着を持ち続けたことは、氏のその後の作品にもはっきりと現れています。