新選組遺聞
子母澤寛氏の新選組に関する著書は新選組三部作と呼ばれ、その1作目が前回紹介した「新選組始末記」であり、2作目にあたるのが今回紹介する「新選組遺聞」です。
本書の前半には著者が昭和3年に取材した八木為三郎翁を中心とした回顧録が掲載されています。
おもに幕末の京都において多くの伝説を残した新選組ですが、彼らが新選組を結成してから約2年間にわたり屯所を構えたのが壬生の郷士である八木家です。
当時は八木源之丞が当主であり、為三郎は少年時代に新選組と共に同じ屋根の下で過ごしたことになります。
八木家は郷士だけあって裕福で大きな屋敷を持っていましたが、それでもある日突然やって来た強面の新選組隊士たちに困惑したはずです。
奥座敷では芹沢鴨が近藤や土方らによって斬殺され、また山南敬助をはじめとした隊士たちが切腹、斬首されるような出来事が日常茶飯事であったのですから、内心恐れを抱き、かつ迷惑だったに違いありません。
一方で父・源之丞へ武士らしからぬ軽口で冗談を言う沖田総司、それと反対に堂々とした佇まいで無口な近藤勇、短気で騒々しい原田左之助、また道場の活気のある様子など、新選組隊士たちとの日常の交流を語ることができるのは八木為三郎翁ならではです。
また新選組を一躍有名にした池田屋事件においても八木邸が拠点として使われており、貴重な歴史上の証人でもあるのです。
明治になってからも永倉新八や斎藤一、島田魁といった生き残りの隊士たちが懐かしさのためか、ぶらりと八木家を訪れるというエピソードは微笑ましい場面です。
後半では伊東甲子太郎、鈴木三樹三郎兄弟、そして近藤勇の最期のエピソードが収められています。
とくに近藤勇の甥で後に養子となる勇五郎が語る斬首のときの様子、そして深夜に親族や道場関係者とともに首のない胴体を刑場から掘り出して運び出す生々しいエピソードは、新撰組局長として名を馳せた近藤勇の最期にしてはあまりにも哀れです。
前作「新選組始末記」が時系列に整理されたエピソードである一方、本作は著者が関係者へじっくりと取材を行い厳選されたエピソードが紹介されており、前作同様に新選組の歴史を知る上で欠かせない名作に仕上がっています。