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カカシの夏休み

カカシの夏休み (文春文庫)

やや抽象的ですが、努力が"報われる"か"報われない"かが議論になることがあります。

私自身はそれほどこの結論に興味はありませんが、いずれにしても人が生きてゆく上で重圧に苦しむような場面に出会うことだけは確実です。

それは家庭や職場、学校でぶつかる難題や人間関係であったり、自身の健康問題、ひょっとして親しい人の死であるかもしれません。

本書はそんな人生の壁にぶつかった人たちの物語をテーマにした3編の作品が収められています。

  • カカシの夏休み
  • ライオン先生
  • 未来

この3作品に共通しているのは学校が舞台として関わっている点であり、はじめの2作品は教師、3作品目は学校を中退した少女が主人公です。

また主人公たちに共通しているのは、特別に優れた能力や恵まれた立場を持っていない、ごく一般的な人たちである点です。

タイトル作の「カカシの夏休み」では、クラスの問題児の扱いに手を焼いている時期に、故郷の旧友が交通事故で亡くなるという訃報が主人公である男性教師(小谷先生)の元へ届きます。

30代後半にさしかかり中堅という立場にありながらも、1人の生徒と向かい合う中で改めて教師としての資質や方向性に悩む主人公でしたが、葬式をきっかけに久しぶりに出会うかつての同級生たちは、いずれも自分と違う形でそれぞれの重圧の中で戦っていることに気付きます。

そして主人公たちのかつての故郷はダムの底に沈んでしまい、帰るべき思い出の場所は既にありません。

バイタリティのある人はひたすら未来に向かって進み続けますが、多くの人たちは困難にぶつかった時に、ふと楽しかった頃の過去を振り返らずにはいられません。

そして二度と戻れない過去であることは分かっていても、振り返ることで再び前進するきっかけを掴むことも出来ることもあるのです。

本書は普通の人たちが日々の中でぶつかる困難へ対して、無器用に1つずつ乗り越えてゆく過程を描いている物語であり、だからこそ多くの読者の共感を得ることが出来るのではないでしょうか。

各ストーリーの主人公たちを見ていると、たとえ読者が抱えている問題解決のヒントにはならくとも、気分を和らげてくれるハズです。