一路(上)
江戸時代という250年に及ぶ天下泰平の時代が続きますが、その平和を支えてきた重要な要素が完成度の高い封建制度です。
その封建制度の中核が将軍を頂点とした上下関係であり、とくに武士の階級においては絶対的な力を持ちました。
中でも参勤交代は、全国の大名が江戸の将軍へ対して忠誠を示すための重大な義務でした。
本書はその参勤交代を題材にした浅田次郎氏による軽快な時代小説です。
封建制度の要である身分制度は、単に上下関係を決めて法律化するだけでは足りず、上に立つもの(将軍や殿様)を権威付ける細やかな儀式や慣例が欠かせないのは、世界の東西に関わらず共通のものです。
たとえば殿様が身軽な服装で1人で上京したのでは何の権威も生まれず、参勤交代の効力は発揮できません。
つまり"大名行列"という大勢のお供を引き連れた盛大な演出が欠かせないのです。
本書の主人公は、美濃国田名部藩7千5百石の旗本である蒔坂左京大夫の元で参勤交代の責任者(御供頭)を代々勤める小野寺一路です。
この一路は一度も領地を訪れた事のない江戸住みの若干19歳の身であり、父の弥九郎が屋敷の失火で亡くなったために突如、その重責を担うことになります。
身分制度を円滑に維持する上で能力ではなく、世襲によって役職を継ぐという点も封建制度の特徴であるといえます。
ただし一路は若いこともあり、父親から肝心の御供頭としての心得や引き継ぎをまったく受けておらず、奇跡的に焼け跡から発見された2百年以上も前に先祖が書き遺した家伝の「行軍録」のみが唯一の手がかりという状態です。
参勤交代の旅程において不手際があれば、小野寺家の家名断絶を免れません。
果たして一路は、この窮地を乗り越えられるのか?
封建制度という細かい制度が幅を利かす江戸時代は、歴史に精通した著者にとって格好の舞台装置であり、痛快な物語が幕を開けます。