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大本営が震えた日

大本営が震えた日 (新潮文庫)

玉音放送によって国民に降伏を知らされた8月15日は終戦の日として有名ですが、真珠湾攻撃マレー作戦によって開始された12月8日の太平洋戦争開戦の日はそれほど知られていません。

泥沼化しつつある日中戦争、また満州を巡ってソ連とも予断を許さない状況にありながら、アメリカ、イギリス、オランダをも敵に回すという無謀な戦略だったことは歴史が証明していますが、開戦前から最高司令部(大本営)の人間たちもその困難さは理解していました。

そこで考えついたのが、渾身一滴の奇襲作戦です。

敵国に奇襲作戦を知られることを防ぐために、開戦日やその標的については国民はおろか、大部分の軍人にも知らせなかったのです。

しかしこれだけの作戦を遂行するためには、長い準備期間と緻密なスケジュールに沿って大規模な極秘行動を展開する必要がありました。

本書は、こうした開戦の影に潜んだ巨大な舞台裏をテーマにした吉村昭氏の小説です。


まずは広東東方の山岳地帯に墜落した中華航空の民間機「上海号」が取り上げられています。

墜落した飛行機には、開戦司令書を携えた杉坂少佐が乗っており、しかも墜落現場は中国軍の支配地域だったのです。

軍上層部の苦悩、そして敵地に墜落しつつも辛うじて生き残った軍人たちの運命が緊迫した状況とともに描かれています。

続いて開戦直後にアメリカ海軍によって拿捕される可能性の高かった日本人引揚船「竜田丸」の乗組員たちの物語、さらにはマレー半島攻略作戦へ向けて南下を続ける日本軍輸送船団の隠密行動、東南アジア攻略のために欠かせないタイへの平和進駐の交渉裏など、多方面で繰り広げられながらも歴史の表に出てこなかった事実が浮かび上がってきます。

そして最後は択捉島単冠湾(ひとかっぷわん)に大演習のため終結した艦隊が、その本当の目的であるハワイ・真珠湾攻撃のために出港してゆく過程を扱っています。

連合艦隊司令長官・山本五十六によって立案された太平洋戦争最大の奇襲作戦の舞台裏は、厳しい電波管制を続けながらも、ハワイ(敵地)の情報収集を続けながらの沈黙行動であり、有名な「新高山登レ一ニ○八」の開戦決定に至るまでの緊迫した状況が伝わってきます。

本書は北海道から九州に及ぶ丹念な取材、そして何より敗戦後20年後に書かれたため、当時の関係者が比較的健在だったという要因が重なって完成された作品です。

作品の最後は次のように締めくくられています。

庶民の驚きは、大きかった。かれらは、だれ一人として戦争発生を知らなかった。知っていたのは、極くかぎられたわずかな作戦関係担当の高級軍人だけであった。
陸海軍人二三○万人、一般人八○万のおびだたしい死者をのきこんだ恐るべき太平洋戦争は、こんな風にしてはじまった。しかも、それは庶民の知らぬうちにひそかに企画され、そして発生したのだ。