一路(下)
突然に父親を失い、家伝の「行軍録」のみを頼りに、参勤交代の大役を果たそうとする主人公・小野寺一路。
彼は頭脳明晰、剣の腕も一流という評判ですが、いかんせん19歳という若さということもあり、実務経験のまったくない世間知らずの若者です。
しかし江戸時代では能力や経験よりも世襲、つまり筋目がもっとも重要視される社会であり、それでも一路は役目を果たさなければなりません。
これを現在に例えるなら、大学を卒業したばかりの新卒社員がいきなり部長に抜擢されるようなものです。
それでも懸命に役目を果たそうとする一路に、少し変わった仲間たちが彼を手助けをしてくれます。
それは和尚、易者、髪結、馬喰など市井の人々、さらに年下の気弱な侍、戦国時代から出てきたような猪突猛進型の侍といった、権威や貫禄は足りなくとも、いずれもひと癖あるキャラクターばかりです。
そして本書ではもう1人の主人公といえるのが、彼らの頂点に立つ殿様・蒔坂左京大夫です。
美濃田名部七千五百石の領地において権力の頂点に立つ人物であり、殆どの大名がそうであったように好き嫌いの感情を表に出すことや、身分の低い者と軽々しく口をきくことは望ましくないとされてきました。
実際、左京大夫自身が命令せずとも領地は家臣たちが滞りなく運営してくれるため、命令する必要さえ無いというのが現実でした。
中山道を上京する中で数々の困難を乗り越えるうちに、一路だけではなく、この左京大夫もともに成長してゆくという点が本書の醍醐味です。
さらにストーリーが後半に入るに従い、事故無く普通に参勤交代を果たすだけでなく、一部の家臣たちが密かに企てている陰謀を食い止めるために、意識せずこの2人がタッグを組み、また彼らの仲間たちも獅子奮迅の働きをします。
小さいとはいえ一国を揺るがしかねない危機であり、普通に考えればシリアスな雰囲気にならざるをえないのですが、浅田次郎氏はこれをエンターテイメント型の時代小説として書き上げています。
もちろん登場人物それぞれの立場から描かれる浅田氏ならでは人情物語も健在です。