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桜田門外ノ変(下)


前回は桜田門外の変や水戸藩主・徳川斉昭のことばかりに言及して作品の内容をほとんど紹介していませんでした。

明治維新を大きく前進させた歴史的な事件である桜田門外の変ですが、これを成し遂げた水戸藩士が称賛の嵐を受けることはありませんでした。

それどころか現実はまったく逆であり、首謀者や実行に関わった元藩士たちは幕府のみならず水戸藩内部からも厳しい追求を受けることになります。

下巻では井伊直弼の暗殺に成功した元藩士たちが潜伏、そして逃亡を続ける記録がひたすら続くといってもよいくらいです。
本作品では、現場指揮者であった関鉄之介を主人公にしていますが、その理由は事件の計画段階から参加し、かつその逃亡記録がもっとも残っているといういかにも作者の吉村昭氏らしい理由によるものです。

関は暗殺実行後、倒幕機運を盛り上げるために幕府の監視をかいくぐり日本各地を奔走しますが、井伊直弼を暗殺した英雄として扱われることはなく、とにかく世間の目から姿を隠すことに苦心します。
その姿は、まさに犯罪逃亡者そのものです。

井伊大老を襲った水戸脱藩士17名、薩摩藩士1名、合計18名のうち最終的に生き残ったといえるのは3名のみでした。
その3名も各地を転々とし潜伏し続けるという苦しい日々を送ることになります。

桜田門外の変は、尊王倒幕運動の機運を一気に盛り上げる潮目となった事件でしたが、皮肉にも維新の原動力となった水戸藩にとっては時代の流れに取り残されるきっかけとなった事件になりました。

水戸藩の尊王派藩士にとってカリスマ的存在であった徳川斉昭が井伊大老暗殺からわずか半年後に病没し、藩内の保守派(幕府支持派)が台頭することによって急速に求心力を失ってゆきます。
結果的に水戸藩が再び歴史上で輝くことはなく、凄惨な内部抗争によってひたすら混乱が続きます。

当事者にとって救いようのない結果に終わった桜田門外の変ですが、作者はあとがきでこの事件に関心を持った理由を次のように説明しています。

とりわけ幕末に起こった桜田門外の変と称される井伊大老暗殺事件が、二・二六事件ときわめて類似した出来事に思える。
この二つの暗殺事件は、共に内外情勢を一変させる性格をもち、前者は明治維新に、後者は戦争から敗戦に突き進んだ原動力にもなった、と考えられるのである。
偶然のことながら、両事件とも雪に縁がある。

雪の降りしきる中、井伊大老が供回りの徒士を従えて粛然と登城するのを、白い息を吐きながら緊張の面持ちで静かに待ち構える水戸脱藩士たち。
この映画のワンシーンにもよく似合いそうな場面から歴史は大きく動き出したことだけは事実なのです。