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峠うどん物語 上


峠のてっぺんにぽつんと建っているうどん屋「峠うどん」

元々は「長寿庵」という屋号でしたが、お店の面している国道を挟んだ真向かいに市営斎場が建設されてからは洒落にならないという理由で今の屋号に変更されたのでした。

かつてはトラックやタクシー運転手、ドライブを楽しむ家族連れで賑わったお店でしたが、今やお通夜やお葬式に参列したひとたちのお店に様変わりしたのです。

一方で変わらないのは、昔ながらの職人技が凝縮された手打ち麺と手作りの出汁にこだわり続けていることです。

そこは中学校へ通う主人公・淑子(よしこ)の祖父と祖母が2人で切り盛りするうどん屋でもあり、週末になる度に峠うどんを手伝いに出かけるのが日課でした。

ここまでは作品の導入部であると同時に物語の設定でもあり、このうどん屋を舞台にして起きるストーリーを短編として繋いでゆくというスタイルをとっています。

父親のかつての同級生、淑子の同級生の従兄弟の死、または斎場に働く職員のエピソードなどが登場しますが、作品自体は決して暗い雰囲気で進んでゆくわけではありません。

もちろん亡くなった人へ対して悲しむ人たちの姿が描かれる一方で、中学生の淑子は人の死を理屈では分かっていても、自分自身に経験か無いため実感としては乏しいのです。

それを人生経験豊かな祖父母をはじめ、お店を訪れる人たちを通じて少しずつ理解してゆき、彼女は成長してゆくのです。

私自身も成人するまで葬儀に出席した経験が殆どありませんでしたが、やはり年とともにそうした機会が増えてきます。

亡くなった人との関係もさまざまですが、まさしくそうした面を本作品は追求しており、多彩なストーリーが展開されてゆきます。

上巻では5つのストーリーが収められていますが、いずれも峠うどんが舞台としてキーポイントになっています。

つまり峠うどんに設置された定点観測カメラから物語が展開してゆきますが、そうした仕掛けの演劇を鑑賞しているような気分で読み進めるとより楽しめると思います。