レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した



作家やジャーナリストが現場に潜入して書き上げたルポタージュは本ブログでも何冊か紹介していますが、海外版は読んだことがありませんでした。

日本での潜入ルポとしてもっとも古い部類に入るのが、鎌田慧氏による1972年にトヨタの期間工として潜入取材を行った「自動車絶望工場」であり、本ブログでも紹介しています。

一方ジャーナリズム発祥の地であるイギリスでは、19世紀頃からたとえば貧民街へ潜入してどん底の暮らしを送る人々を取材した作品が発表されており、その歴史の長さに驚かされます。

本書はイギリス人ジャーナリストであるジェームズ・ブラッドワース氏による潜入ルポです。

タイトルにアマゾンウーバーとありますが、実際にはこの2つに加えて訪問介護コールセンターでの潜入取材も本書に収められています。

これらの仕事に共通にするのは、イギリスにおいて最低賃金、もしくはそれに近い賃金での労働という点です。

また同時にイギリスではこうした仕事における「ゼロ時間契約」が問題になっています。

これを簡単に説明すると、定まった労働時間がなく、仕事のあるときだけ雇用者から呼び出しを受けて働く契約のことであり、基本給という概念がなく、何かの事情で働く時間を減らされたり、病気などの欠勤に対して何の保障もない、不安定な生活を送る労働者を増加させる大きな要因になっています。

たとえば病気によって1週間寝込んでしまうと、家賃を払えず簡単にホームレスとなってしまう境遇にある労働者たちが多いのです。

ジャーナリストという立場から政府の政策を検証し、その数値を上げながら批判することも可能でしたが、著者は最低賃金で働く労働者たちの生活の一部を実際に体験し、彼らの声を直接聞く"血の通った取材"を望んで本書を書き上げたのです。

本書を読み進めると、著者自身の体験はもちろん、同じ職場やそこに住む人たちにも積極的にインタビューを実施しています。

かつてはリゾート地として、または鉄鋼産業で繁栄した町から雇用が失われ、活気が失われてしまった様子を古くからの住人から取材したり、ルーマニアからの外国人労働者たちとルームシェアしその生活を観察したりと、数字からは見えない当事者たちの切実な声が多く掲載されています。

一番最後に著者が経験したウーバーについては他とすこし毛色が違い、ギグ・エコノミー(Gig Economy)といった新しい経済概念のなかで働く人びとの姿が見えてきます。

ギグ・エコノミーとは、インターネットを通じた単発の仕事でお金を稼ぐといった働き方のことであり、時間に縛られず自分な好きなときに好きなだけ働くといった新しい労働スタイルです。

そこで働く人たちは、従業員としてではなく個人事業主として雇用主(本書ではウーバー)と契約することになります。

実際、こうしたフレキシブルな働き方に憧れて飛びつく人たちは多いようですが、現実的にこうした仕事によって安定した生活基盤を築くのが容易でないことが分かります。

個人事業主といっても、それを事実上支配しているのはスマホにインストールされたアプリケショーンからの指示であり、監視であるのです。

つまりこうしたサービスを提供する企業が作ったアルゴリズムが労働者たちを支配しているのであり、業務内容について個人事業主たちに自由な差配の余地や賃金の決定権などは存在しないに等しいのです。

総じてイギリスで起こっていることは日本でも起こっていることですが、さまざまな制度において効率化や民営化が進んでいるイギリスの方が、より厳しい現実に晒されているイメージを抱きました。

ただしこうしたイギリスの殺伐とした労働者を取り巻く環境が、数年後の日本に訪れたとしてもまったく不思議がない状況です。

さらに言えば、こうした問題はグローバル化された世界中で起こっている現象であり、「一生懸命に働く人たちが人並みの生活を送ることができる自由」という当たり前のような権利の実現がいかに難しいかを実感させられる1冊でもありました。