レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

浅草ルンタッタ



お笑い芸人である劇団ひとり氏が執筆した小説です。

著者が2006年に発表した処女作「陰日向に咲く」、続いて2010年に発表した「青天の霹靂」を本ブログで紹介してきましたが、本作品は2022年に発表された最新作ということになります。

今までの2作品は現代を舞台にした作品でしたが、本作品は大正時代初期の浅草で物語が繰り広げられれます。

読み始めてすぐに気付いたのは、今までの作品と違い、かなり入念に下調べをしてから作り上げられた作品であるという点です。

当時の浅草の風景や地理、遊郭や芝居小屋の様子などが細かく描写されており、より本格的な設定が取り入れられた作品という印象を受けました。

ただし本作品の登場人物たちは従来の作品同様に、不幸な生い立ちを持っていたり、社会の片隅で暮らしている人たちという点では共通しています。

舞台は浅草に当時流行ったという(政府公認の遊郭である吉原とは違い)非合法な売春宿の1つである燕屋です。

そこで娼婦として働く女性たち、そしてその店の前の往来で捨てられ燕屋で育てられた孤児、加えて店を取り仕切る元締めたちがおもな登場人物です。

ネタバレしない程度に内容を紹介すると、拾われた女の子は"お雪"という名前を付けられ、かつて子を失った経験を持つ千代をはじめとした遊女たちによって育てられてゆきます。

お雪は学校には通わないものの、賑やかな燕屋という特殊な環境の中でそれなりに順調に育ってゆきます。

身寄りのない子どもを同じく身寄りのない大人が育てるというストーリーは、どこか人情噺のような温かさがあります。

しかしちょっとした出来事が大きな事件へと発展してしまい、さらに大正12年に起きた関東大震災によってストーリーが大きく動き出すことになります。

そのためお雪は母親と慕う千代と別々に暮らさざるを得ない状況へと陥ってゆくのです。

物語の中心に親子の絆というテーマがありつつも、かつて日本の芸能の中心地であり、今なおその面影を残す浅草という街を舞台としている点も著者の強いこだわりを感じます。

おそらく浅草以外の街を舞台に同じテーマの作品を描いたら、まったく違うストーリーになってしまうのではないでしょうか。

ストーリの流れに落語の人情噺、あるいは講談のような雰囲気を感じてしまうのは、やはり著者が芸人であることが関係しているように思えます。

作品としての完成度、スケールの大きさという点では本作品が最も優れており、着実に作家としての技量を身に付けつつつある劇団ひとり氏の作品が今後も楽しみになる1冊です。