他人の顔
本ブログではじめて登場する安部公房氏の作品です。
はじめてといいつつ安部公房といえば昭和を代表する作家の1人であり、彼の作品は今でも多くの人に読まれ続けています。
主人公は研究所に勤める40台の男性で、かつて実験中の事故により顔に大火傷を負い、それ以来、醜くなった自分の顔を包帯で覆った状態で日常を過ごしています。
主人公は自らの顔を"蛭の巣"と評し、結婚している妻にもその素顔を滅多に見せることはなく、また夫婦関係の絆までもが冷めてゆくことを感じていました。
そこで彼はかねてより綿密に計画していた、精密に作り込まれた仮面を製作し、まったくの別人になりきって行動することにします。
本書はその過程がリアルタイムに描かれているのではなく、すべての計画が実行され、その実行のために一時的に借りていたアパートに妻が訪れ、そこへ置かれていた表紙が黒、白、灰色のノートを読むことによってすべての真相が明らかになるという形式を取っています。
この作品を読み進めてゆくと、普段私たちがいかに(自分以外の人間という意味での)他人を顔によって識別しているかを改めて実感することになります。
中身はそのままでも、ある日自分の顔がまったくの別人のものになってしまったとしたら、他人の反応はもちろんですが、その違和感は自分自身にも及ぶはずです。
まして主人公のように不幸な事故によるものとはいえ、顔に包帯を巻いたミイラ男のような外見からは表情が読み取れず、初対面の人はもちろん彼を昔から知っている知人であっても不気味な感じを完全に払拭するのは難しいのではないでしょうか。
ただし主人公の計画は、(無意識を含めて)他人を顔で判断しようとする世間や妻へ対して復習を果たすといった単純な動機ではなく、そこにはさまざまな思惑や妄想が入り混じった複雑なものであることが分かってきます。
他人の顔を手に入れた主人公は果たしてまったく別の人間に生まれ変わるのか、また彼の屈折した心理状況がどんな行動を引き起こすのか、その結末を怖いもの見たさにどんどん読み進めてしまう作品であり、しかもそれを主人公が残した手記を読むという形で物語が進行してゆくため、ある種の緊張感が作品全体に漂っています。
物語の終盤には主人公の手記を読み終わった妻が残した手記が掲載されており、ミステリー小説のように怒涛の結末に向かってゆく部分も見ものです。
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