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棋神・阪田三吉

棋神・阪田三吉 (小学館文庫)

阪田三吉

半ば伝説と化して、映画や村田英雄の演歌「王将」のモデルにもなった大正から昭和初期にかけて活躍した棋士です。

本書は今から30年前に阪田三吉と交流のあった著者によって書かれたものです。

彼の死後時代が経過するにつれ、「豪快」、「無法者」、「勝負の鬼」、「家族を顧みずに将棋の駒に命をかけた人物」といたイメージが一人歩きしてゆきます。

著者は、それを世間の作り上げた"虚像"とし、自らの体験に基づいたエピソードと共に阪田三吉の人生を振り返り、その"実像"に迫ろうとしています。

彼の生まれ育った家庭は貧しく、成人になった後も草履作りで何とか生計を立てている状態でした。
また充分な教育を受けれなかったこともあり、文字の読み書き出来なかったというのも事実のようです。

そんな境遇の中で阪田青年は、見よう見まねで将棋を覚え、やがてアマチュアの中で頭角を表してゆきます。

しかし日露戦争以降の不景気もあり、当時はプロ棋士といえども生活は決して楽ではありませんでした。
まして結婚して子供も生まれた阪田家では、食事にも事欠くありさまでした。

三吉の妻のコユウも困窮のあまり子供を連れて電車で無理心中を試みたエピソードは有名です。

阪田は将棋に打ち込みながらも、誰よりも妻を大事にし、また子煩悩な一面もありました。
彼の奇行ともいえるエピソードは、文字の読み書きが出来ないことによる僅かばかりの教養不足であり、阪田三吉の天衣無縫、そして礼儀正しい性格は、そうした欠点を補っても余りある魅力がありました。

また生涯の最大のライバルとなった関根金次郎との対決は、本を通じても鬼気迫る緊張感が伝わってきます。

ここ一番の勝負には信じられないくらいの集中力と、「銀が泣いている」に代表される天に身を委ねるかのような指し手は、理論を超えた測り知れないものがあります。


これは羽生善治氏の本を読んだときに感じたことですが、将棋は頭脳、そして人格を賭けた1対1の人間同士が争う究極の勝負の場だと思います。


そこに貴賎の差はなく、過酷ながらも美しい勝負の世界を生きた"阪田三吉"の生涯は、爽やかな印象さえ与えてくれます。