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日本人へ リーダー篇

日本人へ リーダー篇 (文春新書)

イタリアを舞台にした歴史小説においては、日本の第一人者である塩野七生氏によるエッセイ集です。

エッセイだけに内容は多岐に渡りますが、主にタイトルにある通り日本を率いるリーダー(とくに政治家)へ向けたメッセージという形をとっています。

本書に限らず著者の作品に共通する特徴は、評論家や学者のようにお茶を濁すような結論を極力避け、明快で分かり易いということです。

同意できるかどうかは別としても歯切れのよい爽快感があり、人気作家として支持されているのも納得できます。


イタリア史に詳しい著者の理想のリーダー像は、言うまでもなく"カエサル"になりますが、さすがに日本のリーダーにカエサルのような人物の登場を望んでいるほど楽観的な内容ではありません。
むしろ、そういった可能性が極めて低い現状に諦めを抱いているような感さえあります。


カエサルに限らず著者が理想のリーダー像としてあげるのは、


①知力・体力の兼備
②清濁併せ呑む度量の大きさ
③ユーモアのセンス


という日本の政治家にとって敷居の高いものではありますが、おおむね本書に書かれている具体的な提言は決して現実から足が離れているような荒唐無稽なものではありません。

例えば、どんなに複雑(なように)見える事象でも「単純化」することが可能であり、ローマ帝国の指導者たちのように高い理想を持ちつつも、1歩ずつ確実に改革を「継続」することの重要性を訴えています。


国際政治の舞台において影響力を持つためには、経済力だけでは不十分であり、背景に"行使できる軍事力"が必要であると説いています。

一見すると過激な発言ですが、先ほどの例のように物事を「単純化」してゆけば、歴史に例を求めるまでもなく力学的に当然の結論に至るわけです。

もっとも著者は日本に軍事力を期待している訳ではなく、大きな領土や軍事力を持たなかったにも関わらず中世イタリアで繁栄した「ヴェネツィア」をモデルとした、徹底した情報収集と分析に基づいた外交を推し進めることを重要視しています。

しかし首相が頻繁に入れ替わることで方針も定まらない今の日本では、本書で「血の流れない戦争」と表現されている"外交"でイニシアティブをとることは難しく、前述にあった「継続」の重要性を感じられずにはいません。


著者の専門分野であるローマ帝国といえば、歴史上最大にして唯一のミレニアムを築いた事例であり、そこで培われてきた統治方法は人類の至宝ともいえるものです。


カエサルの生きた時代から2000年以上経ちますが、本書を読んでいると科学技術以外の分野において、果たして人類がどれだけ進歩したのか疑問になってしまうような無情を感じてしまいます。