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濁流〈上〉―企業社会・悪の連鎖

濁流〈上〉―企業社会・悪の連鎖 (徳間文庫)

ビジネスマン小説の大御所である高杉良氏による長編小説。

1990年台初頭、産業経済社という会社を舞台に繰り広げられる人々の欲望と葛藤を描いた意欲的な作品です。

産業経済社のオーナー社長である"杉野良治"は、絶対的な権力者として君臨しています。

早い話がワンマン社長であり、彼の指示する命令は人事、事業に関わらず誰も逆らうことは出来ません。

挙句に自らが信仰する新興宗教への加入、活動を社員に強制する力まで持っており、財界や政治家とのコネをバックに金のためなら恫喝も厭わない強引な手法は、"鬼のスギリョー"のあだ名で社内のみならず多くの企業から恐れれている存在です。

もちろん杉野は架空の人物ですが、モデルとなった人物があり、作者の技量も冴えていることもあって極端な独裁者として描かれているにも関わらず、現実感のある印象を読者へ与えます。


ほかにも産業経済社には、主人公である若手幹部の"田宮大二郎"、社内で2番目の実力を持つ謎の美人秘書"古村綾"。杉野の腰巾着として保身を図る副社長"瀬川誠"。クビ覚悟で会社へ対する反抗心を見せる若手の実力社員"吉田修平"といった個性的な人物がいます。

これに加えて様々な業界の経営者が登場しますが、いずれも元となるモデルが存在するひと癖もふた癖のある人物たちが次々と登場し、読者を飽きさせません。


もちろん読者は主人公"田宮大二郎"が独裁君主である"杉野"へ対して挑戦を行うストーリーを期待しますが、実際には歯がゆい展開が続きます。


田宮は気配りの利く有能な人物で社長秘書を務めることから、長女との交際を勧められるほど杉野のお気に入りであり、それを断れない弱腰な姿勢が目立ちます。

それどころか杉野の代理として弱みを持つ企業から(広告費という名目で)金の取立てを行い、歓心を得るために杉野の信じる新興宗教へも積極的に参加します。要するに納得していない本心を押し殺しながら、杉野の忠実な僕としての日々を過ごしてゆきます。

確かに総理大臣さえも呼び出せる権力を持つ杉野の前には、若さと情熱だけでは決して敵う相手ではなく、実際には現実的な選択であるといえます。

そこには主人公の目線から、企業同士の癒着や裏取引など、実際に起こっていることに近い腐敗した経営者や政治家がいる現実を読者へ伝えたいという作者の意図が感じられます。


また"鬼のスギリョー"に対抗する気骨のある経営者も登場しますが、メディアの力を利用して襲い掛かる杉野の前に例外なく屈してしまいますが、一見、杉野に賛同する姿を見せている人たちの中にも"鬼のスギリョー"を面白く思っていない人たちもあり、結末の見えない混沌とした状況のまま下巻に続いてゆきます。

著者の渾身の大作という印象が全編から伝わってくる読者を飽きさせない展開が続きます。