潜入ルポ ヤクザの修羅場
ヤクザ専門のルポライターという珍しい肩書きを持つ"鈴木智彦"氏の集大成ともいえる取材記録です。
裏社会、そしてバイオレンスを題材とした映画や漫画が多いように、男なら一度は興味を持つ世界ですが、その実態と虚像に迫っています。
著者は長年に渡ってヤクザを取材してきましたが、その過程でヤクザとの同棲や、恐喝や暴力を何度も受けて生きたという経験の持持ち主です。
ヤクザ専門誌での編集長時代、歌舞伎町でのヤクザマンションでの生活体験、ヤクザや元愚連隊との同棲、遊郭で有名な飛田新地にアパートを借りての潜入取材、賭博の現場取材など・・普通に生活していたら一生縁がない裏の社会が次々と紹介されます。
言うまでもなく暴力団(ヤクザ)の活動は法律外(=違法)であることが多いですが、彼らの世界にも長年に渡って培われた秩序が存在し、こうしたルールを(無意識含めて)破ってしまった時には、一般社会では考えられない程の厳しいツケを払うことになります。
これはヤクザ全般が上下や組織の力関係、そして体面を何よりも重んじるためであり、決して「肩で風を切って歩く」ような気楽な稼業でないことを実感させられます。
加えて年々強化される暴力団の排除条例の影響もあって、その活動範囲は狭まりつつあり、ヤクザは完全に斜陽産業となりつつあります。
いつ潰れるか分からない、しかもその原因を作り出す相手は国家権力です。
暴力団員であれば、入店拒否をされる、銀行口座を開設できないなど、一般人と同じ生活を送るのはまず無理です。
分かり易くいえば、一般人との接触さえも制限されているため、孤立を深めて社会的弱者とまで言われる立場になりつつあります。
「人間社会から"悪"を根絶する。」
私自身、それが理想論に過ぎないことは分かっていますが、暴力団が"悪"のすべてに関与している訳ではありません。
暴力団が担ってきたことは、日本社会の仕組みの一部であり、その中の"必要悪"を担ってきたという見方もできます。
世論で暴力団排除条例に反対する人たちが少数であるのは確かですが、安易に「暴力団の絶滅=悪の絶滅」という理論に摩り替えてしまうのは危険です。
著者は暴力団を全滅することで、地下組織化して全容の把握が困難になると同時に、より無秩序、凶悪な"悪"を生み出しかねない危険性を指摘しています。
本書の潜入ルポは取材対象の性質から匿名性の高いものになっていますが、ヤクザとの間に絶妙なバランスをとりつつ行っているものであり、この類の本の中では極めてリアリティとクオリティ共に高い作品です。
ヤクザへの興味有無に関わらず、日本の社会問題という観点からも充分に考えさせられる1冊です。
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