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のぼうの城 下

のぼうの城 下 (小学館文庫)

下巻に入り、石田三成率いる10倍近い秀吉軍がいよいよ忍城に押し寄せることになります。

そもそも長親が徹底抗戦を選んだ理由は、三成の送った使者"長束正家"の無礼で威圧的な態度、そして秀吉が美貌の誉れが高い"甲斐姫(城主氏長の娘)"を側室に望んだというのが本作の設定です。

小説での甲斐姫は長親に惚れており、そして密かに甲斐姫を好きだった普段は暗愚な長親が、一世一代の大勝負に出た瞬間でもありました。

一方で領民にとっては領主が勝ち目の無い戦をはじめることは迷惑であり、土地を荒らされる前にさっさと降伏して欲しいというのが本音ですが、城主となった長親のためにこぞって篭城戦に協力することになります。

あの頼りない長親が戦をはじめるのならば、自分たちが助けなければ仕方ないという、これも突拍子のない理由です。

史実においても秀吉の大軍を前に北条一族でもない忍城の成田氏が、勝ち目の無い戦いを挑んだ理由は不明ですが、領民が篭城して一致団結して戦ったのは史実のようで、長親が領民に慕われていた可能性は充分にあります。

長親に近い型の武将を探そうとすれば、漢の"劉邦"がもっと近いイメージであり、本人は何もしなくても自分を慕う家臣たちが押し寄せる三成軍を前に奮戦を続けます。

そこで三成は七里(28km)に及ぶ堤を作り、有名な忍城水攻めを行います。

埼玉県行田市の水郷公園などを見ると当時の面影がありますが、昔この一帯は池や沼地が広がる湿地帯であり、忍城自体が普段から"浮き城"と呼ばれるほど水に縁があった城です。

ここでも領民たちの協力もあって堤を破壊し、逆に三成たちに甚大な被害が出ます。

しかし小田原城が陥落したことを知り、北条勢として戦った忍城軍もついに開城(降伏)することになります。

開城する際にも堂々とした態度で城を明け渡す姿は、無敵の秀吉軍を前に一歩も引かずに戦った武士たちの誇りを感じます。

圧倒的に強い敵に攻められ、自らの命どころか一族・家臣の命運がかかった状態で臆せず戦いを挑める武士は、勇敢な人物の多かった戦国時代においてさえ多くはなく、ここまで見事に戦い抜いた例は更に希少です。


関東の片田舎の小さな城で繰り広げられた戦いは、現代の私たちにも目に見える勝ち負け以上に大切なことを教えてくれているような気がしますし、それが多くの読者に支持されている理由ではないでしょうか。