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青雲はるかに〈上〉

青雲はるかに〈上〉 (新潮文庫)

春秋戦国時代の歴史小説を書かせたら第一人者である宮城谷昌光氏による1冊。

本書は中国の戦国時代後期に秦の名宰相として活躍した"范雎(はんしょ)"を主人公とした作品です。

各国で遊説を続けるも仕官敵わず、夢に破れかけた三十代半ばの男が1人帰郷の途につくところから物語が始まります。

その途中に運命の女性"原声(げんせい)"と出会い、彼の運命は少しずつ変わり始めます。

多くの学派が「諸子百家」として開花し、それらを信奉する弁舌家や様々な能力を持った"食客"と呼ばれる人間たちが闊歩し、栄達という野心を胸に多くの人々が自らを売り込もうとしていた時代でした。

范雎もその中の1人であり、他人を蹴落として自らの才覚を押し出すことしか考えていなかった今までの人生を振り返り、唯一の友人である"鄭安平(ていあんぺい)"の妹の不自由な足を治すために自分のすべてを賭けることを決意します。

しかし不自由な足を治すためには高価な薬が必要であり、そのための金を工面すべく、心ならずも魏の"須賈(しゅか)"に仕えることになります。

そこで頭角を表すべく仕えていた矢先に、魏の宰相である"魏斉(ぎせい)"に無実の罪で疑われ、鞭で半死になるまで打たれた挙句に、簀巻きにされて厠の下へ投げ落とされてしまいます。


半死ながらも番人にすがることで何とか九死に一生を得ますが、逃亡した范雎へ対して国中に厳しい手配が回ることになります。

余りにも理不尽な仕打ちですが、宰相という地位にある魏斉と位の低い陪臣でしかない范雎の間には、天と地ほどの実力差があります。

それでも健康を取り戻した范雎は、魏斉へ対して復讐を誓うことになります。


喜怒哀楽、多くの感情は時間と共に薄らいでゆきますが、"憎しみ"という感情は唯一、時間が経過しても減衰しないと聞いたことがあります。

范雎の魏斉へ対する復讐は単純なものではなく、魏斉との立場(権力)を逆転させた上で成り立たせるという、途方の無い手段によるものです。

やがて鄭安平の妹の足が完治し、范雎は自らの志が達成されるという予感を確信するに至ります。


この作品の主題は壮大な復讐劇のようにも思えますが、決して陰湿な内容ではなく、1人の人間が抱く信念、そして夢の可能性を感じさせてくれる前向きな内容となっています。


歴史小説として純粋に面白いのはもちろんですが、今から二千年以上前に大きな苦境を乗り越えた偉大な先人の物語としても勇気付けられる内容になっています。