レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

草原からの使者―沙高樓綺譚

草原からの使者―沙高樓綺譚 (文春文庫)

都心の青山の一等地にある高層ビルの最上階。

"沙高樓"を呼ばれるその場所には、社会的な名声を得た人のみが参加を許される夜会が開催されます。
楼主は女装した神秘的な雰囲気の男性。

彼の決まった台詞の後から招待されたゲストによる物語が始まります。

「今宵もみなさまがご自分の名誉のために、また、ひとつしかないお命のために、あるいは世界の平和と秩序のためにけっして口になさることのできなかった貴重なご経験を、心ゆくまでお話くださいまし。語られる方は誇張や飾りを申されますな。お聞きになった方は、夢にも他言なさいますな。あるべきようを語り、巌(いわお)のように胸に蔵うことが、この会合の掟なのです。」

本作品は文芸雑誌で連載されているシリーズものであり、今回登場するのは、大物政治家の秘書、一文無しになった財閥の御曹司、日本を代表する馬主、そして退役した米軍軍人といった顔ぶれです。


夢か現実か分からないような体験が語られる物語は、さながら現代を舞台に繰り広げられる「千夜一夜物語」です。


短編ならではの怒涛のようなファンタジー&ミステリーのような展開が多く、浅田次郎氏が得意としている人情モノとは作風もテンポも異なり、著者の新しい側面を垣間見ることが出来るシリーズです。


あえて余韻を引きずるような、もっと分かり易くいえば結末をわざと曖昧にした終わり方が作品共通の特徴です。

地位や権力を極めた、あるいは特殊な肩書きを持つ人たち。
良し悪しは別として、そうした人たちが時に体験する"尋常でない世界"が本書で繰り広げられます。

そして観衆(読者)の知的好奇心を満たしながらも、その全貌は決して明らかになることはない。
何ともいえない感覚を読者に与えてくれます。


その意外性から浅田氏のファンほど本書へ対する評価が低くなるかも知れませんが、著者の小説家として奥深さを発見したかのような気分で、個人的には非常に楽しく読めました。