流れる星は生きている
1949年(昭和24年)に発刊された藤原てい氏の国民的大ベストセラー作品です。
彼女は新田次郎(本名:藤原 寛人)の妻であり、最近では数学者でベストセラーとなった「国家の品格」の著者・藤原正彦氏の母としても有名です。
新田次郎といえば個人的に指折りのお気に入り作家であり、彼の代名詞ともいえる山岳小説を夢中で読み続けた時期がありました。
本書は太平洋戦争終戦直後の満州から、朝鮮を経由して日本に引き上げるまでの母子4人の実体験を小説化したものです。
激戦地へ兵隊として派遣された体験記にまったく劣らない悲惨さを伝えていますが、作品中で次々と命を落とすのが幼い子供やその母親であることを考えると、むしろこの本書の方が胸を締め付けられる思いがします。
読んでまず驚くのは、作品全般に渡るリアリティさです。
私のように戦争をまったく知らない世代でも当時の状況を目に浮かべてしまうような迫力があります。
「困ったときは互いに助けあおう」、「1人はみんなのために、みんなは1人のために」
とても全員が生き残ることができない究極の窮地においては、このような言葉がまったく通じない世界です。
ギリギリの状況下では体力や運の無い者から命を落としてゆくといった野生動物の淘汰に近い現実が訪れます。
たとえば母親が3人のうち2人の子の命を救うのが精一杯であるため、もっとも幼い子を犠牲にせざるを得ないような断腸の思いの決断を強いられるのです。
もっとも親であるならば自らの命を犠牲にしても子を救いたいものですが、周りの誰もが他人を助ける余裕の無い中で自分自身が死ぬことは、子ども全員の死を意味します。
著者とその子どもたちは何度も命の危機を乗り越えますが、故郷に辿りつけたのが奇跡とさえいえる苦難でした。
基本的には自らが辿った逃避行を淡々と描いており、教訓や道徳めいたものは殆ど登場しません。
自らの体験を淡々と描いた小説でありながら、それが平和な時代に暮らす人びとの想像を超えた内容であるがゆえの迫力が存在ます。
豊富な知識や想像力を持った小説家の技量を軽々と飛び越えてしまうものが、この作品には存在し、小説というジャンルの1つの完成形を見たような気がします。
発表から60年以上が経過する作品ですが、あらゆる世代に読んでほしい1冊です。