明治撃剣会
歴史小説、そして剣豪小説家として知られている津本陽氏の短篇集です。
幕末から明治時代にかけて登場した剣士たちを題材にしています。
作品に登場する剣士たちはいずれもマイナーですが、収録されている8篇すべての完成度が非常に高いことに驚かされます。
津本氏の剣豪小説、とりわけ立ち会いの描写は決してスピード感や躍動感あふれるものではありません。にも関わらず、津本氏ほど息を呑むような臨場感のあるシーンを描ける小説家は稀有であるといえます。
道場での試合、命を懸けた決闘に関わらず、そこに登場する剣士たちの微妙な心理、そして彼らが繰り出す技やバックボーンへ対する繊細な描写は、読者を作品の中へ引きずり込まずにはいられません。
津本氏自身が相当の剣道の腕前を持っており、加えて剣術の各流派や武道全般に深い造詣があることは一般的に知られています。
単純な知識としてだけではなく、それを自らの体で体験している強みが、彼の作家としての能力を最大限に引き出しているように思えてなりません。
短編はいずれも秀作揃いで甲乙つけ難いですが、あえて挙げるとすれば「隼人の太刀風」でしょうか。
明治前半の大阪で、警察と鎮台兵(軍隊)の抗争を舞台にした作品であり、主人公は長屋休次郎という西南戦争に西郷方として従軍した経歴を持つ、典型的な示現流の使い手という人物です。
もっとも長屋は若い警部補であり、江戸時代どころか幕末の時代にはまだ幼少にしか過ぎませんでした。
しかし剣の腕前が一流なのはもちろん、部下の面倒見もよく、普段は温厚な人物である長屋は理想的な警官でした。
鎮台兵との争いにも部下を抑える役に回っていましたが、度重なる挑発と銃剣で襲われるや否や豹変し、部下と共に軍隊の中へすさまじい示現流の太刀筋で斬り込んでゆきます。
もちろん警部補といえども兵隊を何人も斬り捨てる行為は重罪と知りながら、名誉を何よりも重んじる薩摩隼人の姿が、さらに言えば日本男児としての自尊心が公務の責任を軽々と飛び越えるシーンはとても印象的です。
とにかく剣豪小説や津本氏の作品を読んでみたい人にとって、つよく推薦したい1冊です。