死んでも負けない
「アンフィニッシュト」に続いて古処誠二氏の小説です。
太平洋戦争をビルマ(現ミャンマー)で戦い、イギリス人に捕虜として抑留されつつも何とか無事に帰国した経歴を持つ"小笠原家のじいちゃん"。
そんな"じいちゃん"と息子、そして孫が1人ずつ住む男3人の家庭が物語の舞台となります。
"じいちゃん"は80歳を迎えても健康そのものであり、戦後50年が経過しても兵隊時代のクセが抜けずにいます。
いまだに家長として君臨し、家族たちに軍隊のような恐怖政治を敷き、事あることに武勇伝を語り続ける。
そんな迷惑な"じいちゃん"が周りの人びとを巻き込むコメディ仕立ての作品です。
傍から見れば迷惑でしかない老人ですが、彼の体験は凄まじく、ジャングルでイギリス兵と殺し合いをした話、食料がなく飢餓に苦しんだ話など語り尽くせないエピソードがあります(もちろん家族はとっくに聞き飽きている内容なのですが。。。)。
もっとも勇敢で決死して敗北を認めない、旧日本軍の鑑のような"じいちゃん"にとって戦争はトラウマでも何でもなく、青春の日々のような思い出にさえなっていますが、彼にも唯一の罪悪感があります。
それは"戦争に負けた事実そのもの"であり、明治以降に先輩たちが切り開いてくれた軍事列強国としての地位を自分たちの世代で失ってしまったことによるものです。
現代に生きる我々の大部分は、国民や国家へ対する責任感を持つことは少ないのではないでしょうか。
"じいちゃん"は戦争にこそ参加したものの伍長という程度の立場であり、士官ですらありません。
にも関わらず"申し訳ない"と感じながら生きる彼の姿は、我々の感覚からすると時代錯誤と感じてしまいますが、良し悪しは別として、人の価値観は世代によって目まぐるしい変わってゆくものです。
本作は今までの作品と比べると、より若い読者を意識して書かれているようです(おそらく小学生高学年から読めるのではないでしょうか)。
よって個人的には物足りなさを感じましたが、作品の根底には"戦争"という大きなテーマが横たわっています。
ちなみに作品中で"じいちゃん"が体験するビルマでのイギリス軍収容所での実体験体を描いた「アーロン収容所」は歴史的な名作ですので、機会があれば読んでみることをお薦めします。