安吾 戦国痛快短編集
「堕落論」で有名な坂口安吾氏の短篇集。
エッセーや様々な小説を手がけている坂口氏ですが、歴史小説についても多くの作品を発表しています。
本作はその中でも、戦国時代を題材にした歴史小説の短篇集を収録した1冊です。
私が坂口氏の作品に抱く印象は、ひと言で表せば「舌鋒鋭い」です。
彼は明治後期生まれの小説家にも関わらず、古い固定概念や慣習といったものを排除し、合理的というと味気ないですが、常にその本質を見抜こうとする精神に溢れています。
彼の生きた時代を考えると、その合理性が反体制ともみなされた時期もありましたが、現代のテレビでいうところの辛口評論家といったイメージでしょうか。
普通の歴史小説であれば主人公を設定しつつも、時代の雰囲気や、その流れを激動させた場面というものに着目して作品を組み立てようとしますが、坂口氏にとってそれらは作品の景色、もしくはBGMに過ぎません。
鋭い観察力をひたすら主人公の内面に注ぎ込もうとします。
それがもっとも表れているのが、本作で豊富秀吉を主人公とした「狂人遺書」です。
"狂人"とは、天下統一を果たして晩年に甥の豊臣秀次、茶人の千利休を切腹に追いやり、挙げ句の果てには国内を疲弊させ、彼の死後に大名たちの離反の原因となった朝鮮出兵を決行した秀吉自身を指しています。
そして狂人と化した秀吉自身が、自らの暴走を認識しつつもそれを止めることの出来なかった経緯を"遺書"という形でしたためたという設定で作品を描いています。
例えば、石田三成や小西行長、徳川家康たちの諫言をその通りと認めつつも、見栄のためだけに馬鹿々しい朝鮮出兵を決断したと告白されており、そうせずにはいられなかった彼の内面の葛藤が克明に綴られています。
よって歴史小説というよりも文学作品に近い印象を受けます。
他に斎藤道三、上杉謙信、戦国時代に日本へキリスト教布教に訪れた宣教師たちを描いた作品が収録されています。
ちなみに坂口安吾の歴史小説の代表作として、黒田如水を主人公とした「二流の人」があります。
他にも織田信長や徳川家康を主人公とした短編も手掛けていますので、本書で坂口氏の作品に興味を持った人は、是非読んでみることをお薦めします。