海と毒薬
遠藤周作氏の代表作の1つです。
東京郊外で開業している勝呂という無愛想な医師の過去に迫るというアプローチで、戦時中に日本で行われたアメリカ兵捕虜の人体実験に関わった人々の心理を描いた作品です。
実際に起きた事件をベースにしていますが、ノンフィクションではありません。
言うまでもありませんが、医師や看護婦は人命を救うための職業であり、生きた人間を人体実験を目的として殺すことは法律以前に職業倫理上、許されるものではありません。
しかし戦時中という国家や軍部の厳しい統制下で強制された場合、少なくとも法律により罰せられることはありませんし、医師たちの派閥争の中で合理的に出世するためには、人体実験に積極的に参加することが有利でさえありました。
つまりそこで問われるのは人間の"罪の意識"であり、本作品のテーマでもあります。
もっとも遠藤氏はこの事件を批判するために扱っているわけではありません。
この事件に参加した人びとは既に東京裁判で裁かれており、また倫理的な善悪についても一小説家として言及するつもりは見られません。
あくまでこの事件と登場する人びとの心理を淡々と描くことで、読者へ問いかけを行なっているというのが、本作品の遠藤氏の一貫した姿勢です。
この作品をどのような倫理観あるいは宗教観を持って読むのか。そのすべては読者に委ねられているといえます。