春風無刀流
戦国時代同様に、幕末の日本には多くの剣客・剣豪が登場します。
そして剣豪小説ファンたちは「最強の剣客は誰か?」という興味を1度は持つに違いありません。
もちろん永久に答えが出ない問いですが、その名に本作の主人公"山岡鉄舟"を挙げる人も多いのではないでしょうか。
彼はいわゆる「実戦で人を斬るための剣術」、あるいは「道場試合で無敗の剣術」を目指して剣術を学んだわけではありません。
それは山岡が"坐禅"や"書道"に精通し、時には色情欲に悩む余りに遊郭へ通い詰めて克服したエピソードからも分かる通り、生涯を徹底した求道者として貫き通し、剣もその1つだったのです。
明治維新の巨頭である2人は、山岡鉄舟を次のように評したそうです。
- 西郷隆盛「金もいらぬ、名誉もいらぬ、命もいらぬ人は始末に困るが、そのような人でなければ天下の偉業は成し遂げられない」
- 勝海舟「鉄舟は馬鹿正直者だ。しかし馬鹿もあれほどの馬鹿になると違うところがあるよ」
言い回しは違いますが、2人の鉄舟への評価は一致しているように思えます。
さらには徳川慶喜、明治天皇から厚い信頼を寄せられ、清水次郎長、三遊亭円朝といった幅広い人たちからも敬愛されています。
江戸の無血開城といった大きな使命を託されても無私無欲で臨む山岡鉄舟の姿は、"維新の巨人"という名が相応しいように思えます。
(実際、彼は身長188センチ、体重105キロの巨体だったようです。)
その気質は栄達を望まず、まして財産を蓄えることにも興味が無かった人物だったため、彼の歴史上の評価は本来あるべきものよりも低いように思えます。
長年にわたって睡眠時間がわずか3時間という修行を積み重ねた結果、ついに剣の真髄を極め一刀正伝無刀流の開祖となります。
その山岡鉄舟の姿は、まさしく「剣禅一如」を会得した宮本武蔵と重なります。
作品は鉄舟の生涯を場面ごとに切り取って描くような手法をとっているため、いわゆる物語風の歴史小説を期待している人にとって少し違和感を感じるかもしれません。
ただし物語仕立ての歴史小説が他に幾らでもあることを考えると、個人的には評価できます。