楡家の人びと 第1部
有名な北杜夫氏の代表作。
本作品は3部作からなり、北氏自身が生まれ育った生家をモチーフにした楡家(にれけ)の壮大な年代記を描いた作品です。
舞台は明治の終わりの東京の青山脳病院(今でいう精神病院)から始まります。
青山脳病院は100人近い医師とその家族、そして300人以上の患者が入院している大きな私立病院です。
第一部はその病院を一代で築き上げ、そして北氏の祖父がモデルである楡基一郎(にれ・きいちろう)を中心に展開してゆきます。
基一郎、そして彼の3人の娘やその娘婿など、タイトル通り様々な楡家の人びとの視点を通じてストーリーが進んでゆきます。
分り易く例えるなら、アニメのサザエさんのように場面や1話ごとに主人公が交代してゆくかのような、家族ドラマのような展開と言ってもいいかもしれません。
そしてそこにはもう1つの冷静な視点、つまり著者である北氏自身の目線が加わることで、彼ら(彼女ら)の日常を鮮やかに描いています。
大病院の世帯だけあって、物語には多様で複雑な人間同士の関係が存在します。
誰もが皆、その一員として(良くも悪くも)精一杯生きてゆく姿は真剣そのものですが、そのコミュニティの中で権力者側として君臨する立場、そしてその権力に反発する者や追従する者といった、人間の悲しい性を浮き彫りにしてゆきます。
しかしながらそれは決して読者を不快にさせたりするものではなく、著者を通じて描かれる物語はユーモラスに富んだ内容であり、そうしたコミュニティの中で暮らしてゆく人びとの滑稽さを同時に描いているといえます。
かの有名な喜劇王・チャップリンが「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見ると喜劇である」という言葉を残したそうですが、この作品にもそうした雰囲気が色濃く漂っています。
また北氏が自らの生家を舞台にしただけあって完全なノンフィクションではないにしろ、完全に小説とはいえない妙なリアリティ感があります。
昭和を代表する小説の1つであり、機会があれば是非読んでほしい作品です。