若き数学者のアメリカ
藤原正彦氏が1972年にアメリカのミシガン大学の研究員、そしてコロラド大学の助教授として過ごした約2年のアメリカ滞在記を紀行文としてまとめた作品です。
以前紹介した「遥かなるケンブリッジ」の前作にあたる作品で、著者が野心も燃える20台後半に訪れた滞在記だけあって、どこか文章にも若々しさを感じます。
藤原氏は戦時中の満州生まれであり、彼の父親(新田次郎氏)も軍人として満州で従事していました。
アメリカへ留学した1970年初頭は沖縄返還以前であり、太平洋戦争に兵士として参加した経験を持つ人びとが多かった時代です。
幼いながも戦争体験をして、戦勝国(アメリカ)、戦敗国(日本)という意識が今よりも濃かった時代にアメリカへ向かう著者の心境は、日本人としてアメリカ人に舐められたくない、日本人数学者としてアメリカで認められたいという意識が強かったようです。
アメリカ人への対抗意識から猛烈に研究に励みますが、孤独と疲労のために体調不良とホームシックで苦しむことになります。
どんよりと曇った寒いミシガン州の天候から逃げるようにフロリダへ旅をして、そこでアメリカン人ガールフレンドと知り合うようになって、少しずつ凍えていた著者の心が温まっていきます。
やがて温和な気候のコロラド大学に助教授になり、アメリカ人の文化を理解するに従い、当初抱いていた対抗意識や劣等感が氷解してゆきます。
つまりアメリカ人として漠然として捉えていたものを、彼らとの交流を通じて少しずつ理解できるようになってゆくのです。
- アメリカは開拓により切り開かれた広大な国であり、さまざまな文化をバックボーンとした多くの人種で構成されている。つまり日本と違い多様な文化があること。
- 日本人としてのアイデンティティこそが、多様なアメリカで埋没してしまわないために必要なものであること。
- 個人主義のアメリカでは誰もが弱みを隠して強気で振る舞う必要があること。
- それでも人間の感情としての喜怒哀楽は日本人と何ら変わりないこと
このような経緯を辿るまでに先輩・同僚の教授たち、自らが受け持つ学生、同じアパートに住む住人たちや近所の子どもたちなど、読者を飽きさせない豊富なエピソードと共に紹介してゆきます。
本書に登場する人物やエピソードは、今から40年も前のアメリカの滞在記であることを忘れてしまうほど生き生きとした描写されています。
外国滞在記としては金字塔といえるほどの名著だと思います。