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功名が辻〈2〉

功名が辻〈2〉 (文春文庫)

戦国時代は完全な男社会であり、女性が"武将"として活躍することは皆無でした。

それでも人間社会に男と女しかいないことを考えると、女性が与えた影響は文献の記録以上に大きいものだったことは確実でしょう。

本書の主人公・山内一豊(伊右衛門)の周辺でも、お市の方北政所(寧々)淀殿(茶々)といった時代へ大きな影響を与えた女性が存在します。

そして伊右衛門の妻・千代もその中の1人です。

いざという時のために密かに持っていた嫁入りの持参金・黄金十枚を、夫の名馬を手に入れるために使ったというエピソードは有名であり、伊右衛門が信長やその麾下の武将たちに一目置かれるきっかけを作りました。

さらに千代のもっとも優れていた能力は、"人を見ぬく力"でした。

伊右衛門が最初に仕えたのは信長でしたが、これは独身時代の話であり、単に身近にいた有力大名に仕えたというところでしょう。

そして羽柴秀吉の能力を早くから見抜き、秀吉亡き後はいち早く家康の将来性を確信して伊右衛門の方向性を決定づけたのは千代の助言によるところが大きいようです。

伊右衛門自身は正直・律儀だけが長所であり、戦場での槍働きはともかく、時代の帰趨を見ぬくような能力は持ちあわせていませんでした。

ともかく勝ち馬を見抜く能力にかけては、伊右衛門よりも千代が数段は上だったように思えますし、女性だからこそ男の本質を見抜く賢さと眼力が千代に備わっていたのかもしれません。

天下統一を果たした秀吉によって掛川6万石の大名になった伊右衛門ですが、子飼いの有能な加藤清正福島正伸石田三成などの若手が次々と昇進して、伊右衛門をあっという間に抜き去ってしまいます。

伊右衛門はこれを悲観して出家しようとさえしますが、この処遇は当たり前といえるでしょう。


たしかに信長時代から最前線で現場を経験してきた実績があるものの、元々が信長直属の武将です。

伊右衛門に優れた武勇や智謀が無い以上、秀吉の腹心たちが先に出世するのは当然です。

それでも彼の人生を見ていると「人間万事塞翁が馬」という諺がぴったりです。

秀吉に重宝され過ぎなかったために、彼の死後に家康へ鞍替えするのに躊躇が少なくて済んだのではないでしょうか。

戦場を30年近く駆け抜けてようやく手に入れた掛川六万石。

そんな吹けば飛んでしまうような大名に飛躍の時が近づきつつあります。