レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

心の航海図

心の航海図 (文春文庫)

遠藤周作氏の最晩年のエッセーです。

約300ページの文庫本の中に約100本ものエッセーが収められています。

今から20年前に発行された本ですが、晩年の遠藤氏は"医療問題"にもっとも関心を持っていました。

これは彼自身が重病で苦しんだ経験を持つことから、病人の心理的、肉体的な苦痛をよく理解しているからです。

回復の見込みのない患者の苦痛を長引かせる延命治療に批判的であり、(患者自身が希望すれば)その苦痛を和らげる治療(緩和ケア)に注力した"ホスピス"の充実化を早くから提唱してきました。

ホスピスでは肉体的なケアだけでなく精神的なケアに重点が置かれており、欧米では神父や牧師といった宗教的な指導者が精力的な活動を行っています(一方で日本の仏教僧侶たちがこうした活動を行う例は少ないようですが。。)

本書が出版されて20年経った今でも日本のホスピスは不足している状態であり、根本的な問題は解決されていません。

また救急患者を受け入れる医師や病床の不足についても本書で触れられていますが、現在でも"救急患者のたらい回し"が社会問題となっていることからも分かる通り、改善されたとは言いがたい状態です。

本書に触れられている問題提起は1つとして"解決済み"のものが1つも無く、老作家の愚痴として片付けることができない部分に暗澹たる気持ちになったりします。

もちろん他にテレビ番組やグルメなど他の話題にも触れられていますが、著者が一番真剣になるのは医療を話題に触れたときのようです。

本書は狐狸庵山人としてのエッセーとは違い、全体的に軽快さや剽軽さを抑えてシンプルに本音を書いています。

その分だけ老年となった国民的作家の偽らざる心境が生々しく綴られているようです。