レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

一瞬の夏 (上)

一瞬の夏 (上) (新潮文庫)

1970年代に活躍したボクサー"カシアス内藤"。

アメリカ黒人と日本人とのハーフであり、1971年に東洋ミドル級チャンピオンになるも連敗を続け、1974年に一旦は現役を引退します。

しかし4年もの月日を経て1978年にカシアス内藤は現役復帰を果たします。

"カシアス内藤"はもちろんリングネームですが、大スターであるモハメド・アリの本名「カシアス・クレイ」からとったものです。

同時期、同階級で活躍した有名なボクサーに輪島功一がいますが、かなりのボクシング通でなければ"カシアス内藤"の存在を知らない人が多いのではないでしょうか。


本書は日本を代表するノンフィクション作家である沢木耕太郎氏の初期の作品でありながらも、第1回新田次郎文学賞を受賞した代表的な作品です。

東洋ミドル級チャンピオンを手にしながらも一度は引退し、29歳にして現役復帰するボクサーを題材とするのはノンフィクション作品としておもしろい題材であることは間違いありません。


普通のノンフィクション作品であれば綿密な取材、そして検証・考察して作品を書き上げてゆくのが普通ですが、本作品の沢木氏の立場は、作家として範囲を完全に逸脱しています。

毎日のようにカシアス内藤の練習を見学し、著名なトレーナーのエディ・タウンゼントらの信頼を得るところまではジャーナリストとしての範囲ですが、やがて彼のマネージャーとして試合のための契約交渉、さらには契約金までも(余裕のない)自らの資金を提供するといった行動に出るようになります。

何が沢木氏をそこまで駆り立てたのか?

本書は"カシアス内藤"を取り上げると共に、自らの人生の一部をも同化させてしまった稀有なノンフィクション作品であるといえます。