レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

荻窪風土記

荻窪風土記 (新潮文庫)

井伏鱒二氏が長年住み続けた"荻窪(東京都杉並区)"という土地を中心に綴った随筆です。

私自身は東京出身ではないため、荻窪にそれほど詳しいわけではありません。

それでも中央線の荻窪から阿佐ヶ谷、高円寺にかけては何度か足を運んだこともあり、まったく知らない町ではありません。

荻窪周辺はサブカルチャーなどの活動が盛んで、若者たちの活気溢れる下町というイメージがあります。

今でも"金のない書生"が住んでいそうな雰囲気があり、江戸情緒が漂う"浅草"とは違った魅力のある下町です。

その下町の起源を辿ると、大正後期から昭和初期にかけて文学を志す青年や詩人たちが荻窪周辺に住み始めたのがきっかけです。

井伏鱒二氏はその代表的な作家といえる存在であり、ほかにも横光利一三好達治太宰治阿部知二など多くの作家が荻窪周辺に住んでいました。

町並みの移り変わり、近所の人びとや作家たちの交流、趣味の釣りに至るまで荻窪を中心としつつも、幅広いエピソードに触れています。

中でも興味深いのは、「関東大震災」、「二・二六事件」などについても井伏氏の体験とともに当時の東京の様子などが詳しく描写されており、ちょっとした歴史小説として読める部分です。

また昭和のはじめの荻窪には、清流や(江戸幕府によって保護されていたため)大木が生い茂る森林が残されており、その情景を懐かしむ著者の描写からは、国木田独歩の小説「武蔵野」のような情緒があります。

井伏氏は荻窪に長年住み続けたこともあり、その荻窪をテーマに書かれたエッセーは、そのまま彼自身の自伝小説ともいえます。