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一刀斎夢録 上

一刀斎夢録 上 (文春文庫)

今回の紹介するのは浅田次郎氏の「壬生義士伝」「輪違屋糸里」に続いて、新選組三部作の最後を飾る「一刀斎夢録」です。

本書の主人公は、新選組の副長助勤、三番隊組長を務めた"斎藤一"です。

本書のタイトルは、"斎藤一"を逆から音読みして"一刀斎"、そして斎藤一の口述を記録したものが「夢録」という書物で残っていると子母沢寛が伝えているところから、「一刀斎夢録」という凝った題名になっています。

近藤勇土方歳三沖田総司永倉新八原田左之助といった新選組の代表的なメンバーにはそれぞれ特徴的な個性がありますが、斎藤一は主要メンバーであるにも関わらず一見すると分かりずらい謎の多いイメージがあります。

新選組屈指の剣の遣い手であり、無口で冷静というクールなイメージがある一方で、残忍で容赦のない"人斬り"という暗いイメージもあります。

それを裏付けるかのように彼は武田観柳斎谷三十郎をはじめとした新選組内部での粛清を担当する機会が多く、彼の仕事人ぶりは土方歳三から絶大な信頼を得ていた感があります。

確かに同じ釜の飯を食った仲間の命を奪う役目は尋常な精神力では務まりません。

そうした意味では、新選組のもっとも暗い部分を歩んできた男だったのかも知れません。

時は明治天皇が崩御した明治の終わり。
陸軍中尉であり当時を代表する若き剣士である梶原稔が、ある老人を訪ねるところから物語が始まります。

そしてその老人こそが、かつて幕末の京都を震え上がらせた新選組三番隊組長の斎藤一なのです。


斎藤一の口述が記録されているとされる現在でも未発見の「夢録」。

それが実際に発見されたならば一体どのようなことが書かれいてるのか?

自らも新縁組ファンである浅田次郎氏が、作家としての立場でファンを代表してその夢を再現したのが本書です。

老人は若き剣士に剣の極意どころか、訓話らしいことを何一つ伝えず、次のような前置さえするのです。
「真剣勝負に名利は何もない。死にゆく者と生き残る者のあるだけじゃ。すなわち正々堂々の立ち合いなどあろうものか。おたがいひとつしか持たぬ命のやりとりじゃによって、卑怯を極めた者の勝ちじゃよ。わしのふるうた剣がそのようなものであったことを、言い忘れおった」

そして彼の口から語られる新選組での戦いの日々が語られようとするのです。