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十七歳の硫黄島

十七歳の硫黄島 (文春新書)

硫黄島の戦いでまず真っ先に思い浮かべるのは、総司令官の栗林忠道中将です。

彼は硫黄島に上陸してくる物量と兵力ともに圧倒的な有利な米軍へ対し、従来の玉砕戦法を禁止して"徹底的な持久戦"を立案しました。

その結果として米軍へ大打撃を与えたものの、絶望的な戦況の中で突撃を敢行して自決したその最期は、なかば悲劇の英雄であり、アメリカでも"日本の最も有能な指揮官"として評価されています。

そして映画で有名になったのをきっかけに、多くの栗林中将の伝記が出版されています。

しかし本書のように硫黄島で戦った一兵卒の体験記というのは貴重な存在です。

それは硫黄島の戦いに参加した21,000人以上の日本兵で中で、生き残ったのはわずか1,023人という理由からであり、多くの命が太平洋に浮かぶ孤島で失われていったのです。

著者の秋草鶴次氏は通信兵として17歳で硫黄島へ赴任し、そのままアメリカ軍との戦闘に参加しますが、秋草氏のような青年兵にとって栗林中将は遠目から見たことはあっても直接会話する機会などまずない雲の上の存在であり、そもそも彼らにとって将校たちは"お偉いさん連中"という程度の認識しか持っていませんでした。

この立場の違いは想像以上に大きいものです。

当時の栗林中将は50歳を過ぎた老練の将軍であり、優れた戦略眼を持っていました。
つまり硫黄島へ赴任してきた時点で、その部隊がアメリカ軍の本土侵攻までの時間を稼ぐ捨て石になることを充分に理解していたのです。

一方で17歳の青年兵がそんな事情を知るはずもなく、戦争の勝利と生きて帰国する希望を持って硫黄島にやってきたのです。

一見すると玉砕を禁止して持久戦を徹底する司令部の方針は人道的のような印象を持ちますが、制空権も制海権も失った硫黄島へ補給があるはずもなく、武器弾薬どころか水や食料といった物資が決定的に不足することによって、兵士たちは地獄の苦しみを長時間に渡って経験しなければならない状況下で戦闘を強いられたのです。

圧倒的な火力の前では、狭く遮蔽物のほとんど存在しない硫黄島の地上で戦闘するこは直ちに死を意味しました。
そこで兵士たちは地下壕に潜みつつ戦うことになりますが、そこは地熱による熱気と死臭が立ち込め、地獄のような空間です。

さらに焼夷弾や手榴弾、火炎放射器といったあらゆる兵器を使ってアメリカ軍が日本兵を殲滅しようとします。

もちろん勇敢な日本軍によってアメリカ軍にも大きな打撃を与えますが、歴然とした物資や火力の差はすぐに戦況にはっきりと現れます。

そこら中に死体が重なり、それは遺体といった印象にはほど遠い肉片や腐乱した遺骸であり、どんな映画でも硫黄島の戦いを再現することは不可能でしょう。

硫黄島からの手紙」、「父親たちの星条旗」といった硫黄島の戦いを舞台にした映画でも、その内容は本書に書かれているような地獄の風景とは遠くかけ離れたものでした。

次々と戦友たちが無残な最期を迎え、秋草青年兵も餓えと渇きで生死を彷徨うような壮絶な経験をします。

やはり本人の脳裏に焼き付いた記憶や映像から書き起こされた戦争体験記には有無を言わせない迫力と説得力があり、世代を超えて読み継がれるべき1冊だと思います。