レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

盗賊

盗賊 (新潮文庫)

三島由紀夫氏が22歳の頃に発表した長編小説です。

彼は若い頃よりその才能を認められていた作家ですが、物語の組み立てからその描写力に至るまで、とても22歳が書いたとは思われない小説です。

ただ無駄のない筋肉質で鋭い表現の中に、作者の若さが僅かに垣間見れる程度です。


子爵の一人息子として生まれ育ち、あまり感情を表に出すことのない大人しい性格の藤村明秀、そして男爵家の令嬢の内山清子が本作の2人の主人公といえるでしょう。

2人には、ある共通点がありました。

それは奔放な異性と交際し翻弄された挙句に失恋した経験、そして若くして静かに""を決意しているという点です。

この2人の出会いが、自らに欠けていたパズルのピースをお互いの中に見つけ出すといった結果にはならず、自分の姿を鏡で写したかのような幻影を互いに見出すのです。

いわゆる若いカップルの心中物語と言ってしまえばそれまでですが、本作品で描かれる日常の風景はあくまで静かであり、燃えるような恋、絶望的な悲哀といった場面がいっさい登場しません。

2人は共謀した""への用意周到な日々を淡々と送る一方で、友人、そして家族さえもその"陰謀"に気付く者は誰1人として現れず、それどころか傍目から仲睦まじい恋人同士としか映らないのです。

それは三島氏自身がはじめからこの作品で""をテーマにすることを決めており、その形をより浮かび出せるために"自殺"という手段を作品の中へ取り入れたに過ぎず、本質的なテーマを邪魔する存在そのものをストーリーから排除しているのだから当然とも言えます。

この三島氏の意志は作品を通じてかなり明確であり、たとえば次のような文章の中からも読み取ることが出来ます。

少しばかり悪ふざけに類する物言いをゆるしていただきたい。「死の意志」というこの徒ごとのおかげを以って、彼はいよいよ死ぬところへ行くまで生きていることができるのだ。彼を今即刻死なせないでいるものは、他ならぬ「死の意志」だ。作者も亦それに感謝しなくてはならない。なぜなら物語が終わるまで主人公を生かしてくれるのは、彼自身の「死の意志」の力に他ならないのだから。

"若いカップルの心中"は文学における伝統的なテーマですが、現在ではそれほど取り上げられる機会は多くはありません。

道徳や既成概念といったものを超えた世界を味わえるのも、文学の奥深さであるといえます。