レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

すき・やき

すき・やき (新潮文庫)

本作の主人公は、日本へ留学している中国人女性・梅虹智(ばいこうち)。

彼女は、日本人と結婚した姉の家に下宿しながら、日本語学校から日本の大学へ進学することになります。

そして大学生となった虹智が大学やアルバイト先で文化や風習の違いに戸惑いながらも、若者らしくさまざまな経験を通じて成長してゆく過程を描いた物語です。

ストーリー自体は普通の女子留学生の日常を描いており、同じような経験をしている留学生が実在してもまったく違和感が無いほどに普通です。

しかし案外と何気ない日常を小説にするのは、大きなテーマやメッセージ性のある小説を書くよりも難しいものですが、本作はそれを自然体で実現しているように思えます。

それはやはり作者である楊逸(やん いー)氏が中国出身の小説家であり、本書が自らの体験を重ねた"私小説"としての要素を持っていることが大きいと思えます。

かなり以前紹介した楊氏のデビュー作「時が滲む朝」が、文化大革命天安門事件をテーマにしたメッセージ性の強い作品だったことを考えると対照的に見えますが、実は本作品の根底にも大きなテーマが横たわっているのかも知れません。

たとえば本書に登場するのは主人公をはじめとした中国人、そして大部分を占める日本人、さらに虹智へ想いを寄せる韓国人留学生が登場します。

いずれも日本にもっとも近い国の人々であり、そこからはグローバリズムというよりも、東アジア内の文化交流、近隣諸国との友好関係といったメッセージを汲み取ることが出来ます。

もっとも読者がそこまで肩肘張る必要はなく、ごく普通の小説として読み、ごく普通に楽しむことのできる作品です。