レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

活動寫眞の女



舞台は昭和四十四年の京都。

学園闘争の最中、東京から京都大学へ通うため下宿へ引っ越してきた三谷薫

京都の閉鎖的で高踏な雰囲気に馴染めずにいた三谷は、映画館で同じ京大生の清家忠昭と出会う。

やがてこの2人と三谷と同じ下宿先の京大生である結城早苗を加えた3人は、太秦の撮影所でエキストラのアルバイトに参加するが、そこで不思議な美しい大部屋女優に出会う。

のちに彼女は戦前に悲劇的な運命を辿った女優・伏見夕霞であることが判明するのですが、同時に彼女はこの時代に生存しているはずのない、つまり幽霊であることに気付くのです。。。

ノスタルジックな"活動寫眞"というタイトル、そして学生が主人公ということもあり、浅田次郎氏にしてはめずらしく序盤はまるで純文学作品のような雰囲気で始まります。

そして女優の幽霊が登場するあたりから浅田氏らしい作品へと展開してゆくのですが、そもそも"幽霊"は彼の多くの作品に多く取り入れている欠かせない要素です。

ただしいずれも作品に登場する"幽霊"は、ホラー小説(怪奇小説)のように読者の恐怖を煽るだけの単純かつ典型的な使い方は決してせず、時間や生死すらも飛び越えることの出来る便利なツールとして利用するのです。

ストーリーそのものを楽しむがこの作品の醍醐味のため、ネタばれは避けますが、ミステリアスな雰囲気を漂わせながらも本格的な青春恋愛小説に仕上がっています。

本書の舞台となる昭和40年代半ばにはテレビが全盛期に向かって上り調子である一方、日本映画は下り坂を迎え、多くの映画会社や撮影所、そして映画館が街から消えてゆく時代でもあったのです。

私自身が子どもの頃に住んでいた街には常設の映画館もなく、古き良き映画を知らないテレビ世代として育ちましたが、私のように映画好きの読者でなくとも希代のストーリーテラーである浅田氏の作品だけに充分に楽しむことができます。

最近は複数スクリーンがあるシネコン型の映画館が増えたこともあり入場者数も増えつつあるようですが、昭和時代の映画館の雰囲気はほとんど失われてしまったように思えます。

作品の舞台となった時代を知らないにも関わらず不思議と懐かしい感覚を覚え、ストーリーの中に惹き込まれてゆくのは、それだけ優れた作品の証でもあるのです。