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黒部の太陽


黒部の太陽」といえば三船敏郎石原裕次郎主演の映画が有名ですが、その原作となったノンフィクション小説です。

黒部川第四発電所(通称:黒四ダム)の建設工事を描いた作品ですが、当時(昭和30年代)は経済成長に必要な電力が決定的に不足している状況であり、それを解消するための黒四ダム建設が世紀の難工事だったことから日本中の注目を集めました。

ちなみに戦時中に建設された黒部川第三発電所(仙人谷ダム)も難工事であり、その様子は吉村昭氏の「高熱隧道」で詳しく取り上げられています。

北アルプスから100キロ足らずで日本海へ注ぐ黒部川は豊かな水量とともに厳しい勾配を持っており、水力発電には最適な河川でした。

一方で黒四の建設場所は、三千メートル級の山に囲まれた鋭いV字型の渓谷であり、人類未踏の猿さえ近づかない秘境でもあったのです。

黒部には、怪我はない」という言葉があり、一歩足を踏み外せば垂直の断崖のため助かる見込みが万に一つもないという意味で使われます。

この黒四の建設を不退転の決意で進めることを決定したのが当時の関西電力社長・太田垣であり、このはじめから予想された難工事へ立ち向かうために腕利きの男たちが結集するというのが物語の序盤です。

工事は5つの工区に分けて進めることが決定しますが、本作品のクライマックとして取り上げられているのが、長野県大町市から黒四の建設現場へ資材を運ぶための関電トンネルを掘削した第三工区の熊谷組です。

このトンネル工事は巨大な破砕帯(粉砕された岩石の層)と毎秒600リットルに及ぶ大量の地下水に阻まれ、掘削工事は難航を極めます。

しかもトンネルが開通しなければ本格的なダム建設の資材を運搬できず、世間では関西電力の経営危機という言葉まで飛び出しました。

苦戦する男たちの姿は重苦しく、文字通り出口の見えないトンネルにいるような気持ちになります。

しかし同時に社長の太田垣をはじめ、決して諦めない不屈の精神で困難へ立ち向かってゆく男たちの姿に読者は勇気づけられるのです。

結果的にこの黒四ダム完成までに171名もの殉職者を出しますが、現代の私たちが水や空気のように利用している電力がこうした犠牲者たちの上に成り立っているということを、今さらながらに実感させてくれる名作ドキュンタリーです。