柳生兵庫助〈3〉
疋田豊五郎に敗北した兵介でしたが、この出来事が彼をさらに1段上に成長をもたらしてくれるきっかけになりました。
一方で叔父の柳生宗矩が徳川将軍家の兵法指南役となった今、柳生新陰流がすべての流派の頂点に君臨したと言っても過言ではありません。
これは諸国を廻り武者修行を続ける兵介を倒せば、その地位を奪い返せるチャンスを得るということを意味しています。
すでに剣術が圧倒的な地位を獲得していた幕末時代と違い、この時代の兵法者は槍、鎖鎌、飛び道具などおよそ武器と呼ばれるものは何でも使用し、奇襲も含めて勝てば何をやってもよいという風潮がありました。
戦国時代で幾度も繰り広げられてきた合戦、つまり乱戦の中を生き残ってきた気性の荒い猛者も多く、殺伐とした時代だったと言えるでしょう。
その中で兵介は、場所を選ばず試合を所望してくる兵法者と立ち会い、また山賊に落ちぶれた元兵法者に付け狙われながらも何とか無事に修行を続けてゆきます。
こうした兵法者同士の対決シーンで緊迫感を読者へ伝えるという点において津本陽氏の手腕は抜群といってよいでしょう。
自身が剣道有段者ということもあり、剣術への造詣の深さはもちろんのこと、白刃で命のやり取りをする人間の心理を巧みに捉えた描写は、手に汗握る迫真のシーンを演出してくれます。
また兵介のお伴をしている小猿、千世をはじめとした忍者たちの使う武器も実に個性的です。
棒手裏剣、焙烙玉、微塵(金輪の3方向に鎖と分銅を取り付けた武器)といったいかにも忍者が使いそうな武器が登場し、ともすれば単調になりがちな戦いのシーンを多彩にしてくれます。
長編小説において読者を楽しませる要素をなるべく多く取り入れてゆく努力が感じられ、だからこそ読者は心地よく作品を読み続けられるのです。