レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

天平の甍


井上靖氏による天平時代の遣唐使を扱った文学作品です。

本書に限らず遣隋使や遣唐使を扱った書籍から分かることは、日本から大陸に渡るという行為は当時の造船・航海技術の未熟さを考えると命懸けであったということです。

つまり日本の僧が中国へ留学するためには、死の覚悟が必要だったのです。

物語に登場するのは、遣唐使と一緒に留学のために大陸へ渡る普照(ふしょう)、栄叡(ようえい)、戒融(かいゆう)、玄郎(げんろう)という4人の若い僧です。

4人とも当時の記録に存在していた僧のようですが、著者はこの4人を実に個性的に描いています。

留学と言っても言葉や習慣の違いからホームシックになる人もいれば、肌が合い過ぎてそのまま帰国せずに居着いてしまう人もいます。

また新しい仏教を学ぶのに人もいれば、学問以外に熱中するものを見つけて没頭する人もいるでしょう。

このように平安時代初期の僧たちを色鮮やかに描いているという点で画期的な作品であるといえます。


また作品にはもう1人キーとなる人物が登場します。
それは日本史の教科書でもおなじみの鑑真和上であり、中国の揚州で生まれた唐の高名な僧でありながら、日本への渡航を決意します。

遣唐使の場合と同じように鑑真の試みは命懸けであり、実際彼は4回も渡航に失敗し、その間に失明というハンデを負いながらも5回目で渡日に成功します。

唐から見れば当時の日本は仏教が伝来してから間もない制度やインフラ面も不足している未開の国でしたが、不屈の精神と情熱が彼を突き動かし続けたのであり、渡日した時には既に66歳という高齢でした。

歴史書からは当時の人びとの抱いていた情熱は伝わりにくいですが、本書のような作品を通じて読者が当時を生きた人たちへ思いを巡らすというのは良い体験だと思いますし、いつかは鑑真のために創建された唐招提寺へ訪れてみたいと思いが強くなりました。


ちなみにタイトルにある甍(いらか)は難しい漢字ですが、ざっくりと瓦(かわら)と同じ意味で捉えておけばよさそうです。