空白の戦記
吉村昭氏の定番である太平洋戦争を扱った戦記ものの短編が6作品収められています。
- 艦首切断
- 顛覆(てんぷく)
- 敵前逃亡
- 最後の特攻隊
- 太陽を見たい
- 軍艦と少年
いずれの作品にも共通しているのは、戦争中は軍部の発表やマスコミによる報道が一切されなかった事件や出来事を題材にしており、終戦後にはじめて明らかになったという点です。
公式に発表されなかったということは軍部にとって都合が悪かったということであり、またその裏では人命が失われているという点でも共通しています。
こうした戦記を読むたびに思うのは、戦争中の人命がいかに軽く扱われたかという点です。
例えば「艦首切断」、「顛覆」では根本的には設計ミスが原因で起きた事故ですが、その事故によって亡くなった軍人たちの遺族へその真相が伝えられることはなく、(遺体は海に沈んだため)紙片が1枚入っているだけの白木の骨箱が渡されただけで処理されたのです。
また「敵前逃亡」、「太陽を見たい」では沖縄戦を題材として扱っていますが、そこで登場する主人公は軍人ですらなく、戦争協力を強制された民間人であり、得体の知れない国体や理念を守るというという考えはあっても、そこに肝心の国民の命を守るという意識は皆無だったことがよくわかります。
小説を執筆するからには多少なりともハッピーな結末のストーリーを書きたくなるものですが、吉村氏はひたすら史実や記録に基づいた作品にこだわり、その内容を捻じ曲げるようなことは一切しなかったことで知られています。
また本書の中で吉村ファンであれば、「軍艦と少年」という作品が注目されます。
これは同氏の代表作である「戦艦武蔵」の後日譚というべき作品であり、当時長崎で最高軍事機密として建造されていた戦艦武蔵の設計図を職場に不満を持つ少年が持ち出したという事件を扱ったものです。
「戦艦武蔵」の中では1つのエピソードとして扱われた内容ですが、短編では少年のその後についてテレビ局とともに取材を行っ際の経験が描かれています。
未成年かつ出来心とはいえ軍事機密を持ち出した彼の身には、その後の人生を決定づけるような懲罰が待っていたのです。
本書に収められている作品は日本が敗戦を喫した戦争を題材としているだけに、いずれも救いのない暗い結末で終わっています。
だからこそ歴史を正面が見つめるという意味で読む価値のある作品であり、私が吉村昭氏の作品が好きな理由もそこにあります。