レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

千日紅の恋人



著者の帚木蓬生氏は、精神科の開業医として活動しながら長年に渡り作家活動を続けていることで知られています。

作風も多岐にわたり、自身の専門である医療を題材とした作品から歴史小説、サスペンスなどがありますが、ずばり本作品は長編恋愛小説です。

主人公として登場する宗像時子は38歳の独身女性です。

彼女に子はいないものの、過去に2回の結婚に失敗したという経歴があります。
そして現在は老人ホームでヘルパーとして勤めるかたわら、亡くなった父が残した古アパート"扇荘"の管理人をしながら老いた母の面倒を見ながら暮らしています。

扇荘では時子が直接住人の元へ訪れて家賃を集金する昔ながらのスタイルをとっています。

私自身は過去に4回ほど賃貸アパートに住んできましたが、大家さんや管理人が直接集金に訪れる物件には住んだことがなく、どの物件でも大家の顔も名前も知らないまま住み続け、そして引っ越して行ったことになります。

扇荘の住人は、にぎやかな5人家族、老夫婦、生活保護を受けている女性、単身赴任の男性などさまざまな事情を持った人たちが暮らしており、管理人である時子は日常的に彼らと接しています。

それはどこか昭和的な人情味のある風景です。

もちろんそんな心温まる交流ばかりではなく、家賃を滞納する住人への催促、ルールを守らない住人への注意、隣人への嫌がらせや苦情など、管理人の元には厄介なことも日常的に持ち込まれます。

それでも時子は住人1人1人の性格や事情を把握しているため、手際よくとまでは行かないものの逞しい管理人として問題を処理してゆくのです。

そして運命の出会いともいうべき、チェーン店スーパーに勤める青年(有馬生馬)が転勤で時子のアパートに住むことになるのです。

彼が登場することで忙しくも同じことの繰り返しで過ぎてゆく時子の日常が少しずつ変化し始めます。

あらすじの紹介はここまでにしますが、長編小説だけに恋愛だけでなく、住人たちとの交流をはじめさまざまな日常の出来事がサイドストーリーのように詰め込まれており、こうした枝分かれしたエピソードが積み重なって作品の魅力をより高めています。

読了後の余韻もよく、映画の原作にしても人気の出そうなじっくり腰を据えて楽しめる1冊です。