山本元帥!阿川大尉が参りました
連合艦隊司令長官・山本五十六についての書籍は数多く出版されていますが、伝記において決定版ともいうべき作品が1965年(昭和40年)に発表された阿川弘之氏による「山本五十六」であり、過去に本ブログでも紹介しています。
本書はその「山本五十六」を発表した翌年に単身海を渡り、山本元帥の戦没地、つまり彼が搭乗していた戦闘機の墜落地点を探索するための旅の様子が旅エッセイのように紹介されています。
その場所とはソロモン諸島にあるブーゲンビル島のジャングルの奥地にあり、日本からはオーストラリア、ニューブリテン島と飛行機を4~5回乗り継ぎ、さらには船を使わなければ到達できない場所にあります。
今から60年前ということもあり、現地は電気や水道といったインフラも充分に整備されていない状態でした。
その旅の過程で起きるさまざまなトラブルが描かれていたり、、また当時は戦後20年ほどしか経過していなこともあり、現地の住民たちが幾つもの軍歌を歌い著者を驚かせたというエピソードが紹介されています。
もし阿川氏が目的地に辿り着くことができれば、戦後はじめて山本五十六の戦没地を訪ねた日本人ということになりますが、その結果は本書を読んでのお楽しみにしておきます。
本書の後半では旅エッセイのような雰囲気から一転して、キスカ島撤退作戦の模様を描いた「私記キスカ撤退」が掲載されています。
このキスカ島撤退作戦はあまり知られていませんが、その西側にある日本軍守備隊が全滅(玉砕)したアッツ島の戦いを知っている人は多いと思います。
このアッツ島に駐留する部隊が全滅したあとも、すぐ近くのキスカ島には日本軍兵士5000千人以上が孤立無援状態で駐留し続けていました。
この作戦は旧日本軍にとって戦略的価値を失ったキスカ島から兵士たちを無傷で撤退させることを目的に遂行され、のちに「奇跡の作戦」とも呼ばれるようになりました。
キスカ島はアメリカのアラスカ州に属する今現在も無人の過酷な気象条件の島であり、圧倒的な戦力差、不足する燃料という不利な条件の中で苦悩しながらも作戦を遂行してゆく過程が細かく紹介されています。
ちなみにタイトルから分かる通り、阿川氏は海軍予備学生として戦中に入隊し、終戦を大尉(いわゆるポツダム大尉)で迎えています。
その様子は自身の著書「春の城」で詳しく描かれおり、こちらも私小説における名作の1つとしてお薦めできる1冊です。
