ラヴクラフト全集 1
リストを作成しているわけではありませんが、"いつか読んでみたい本"というのは何となく自分の中にあります。
ラヴクラフト全集はまさしくその中の1つであり、ようやく入手した今回の機会にレビューしてゆきたいと思います。
ラヴクラフトは20世紀前半に活動したアメリカの怪奇小説作家であり、生前はほとんど世に知られることなく不遇のまま一生を終えます。
しかし彼の遺作選集が発表されたのをきっかけに注目されるようになり、今では日本を含めた世界中で数多くの熱心なファンがいることで知られている作家です。
その魅力をひと言で語るのはとても困難ですが、モンスターやゴーストといった古典的なホラー作品とは一線を画する、超自然的、宇宙の起源的なホラー小説であり、そこから「宇宙的恐怖(コズミック・ホラー)」という言葉が生まれています。
またその独自の世界はラヴクラフトの死後に「クトゥルフ神話」として体系化され、その世界観を舞台に多くの作家が作品を発表しています。
私自身はラヴクラフトの作品はアンソロジーとして、または他の作家がクトゥルフ神話を背景とした作品を通じて知っていましたが、全集としてまとめて読むのは今回がはじめてです。
全集1巻には4作品が収録されています。
- インスマウスの影
- 壁のなかの鼠
- 死体安置所にて
- 闇に囁くもの
中でも「インスマウスの影」は全集を通じてもラヴクラフトの生前に出版された唯一の単行本であり、その他の作品はパルプ・マガジン(大衆向け雑誌)に掲載された程度です。
ラヴクラフトの作品には基本的に怪物を倒すヒーローやヒロインは登場しません。
なぜなら人間の存在をおびやかす神々(もしくは悪魔たち)は、人類が二足歩行をはじめるはるか昔の太古より存在しており、時間や距離を超越した絶対的な力を持っているからです。
つまり彼らにとって人間は取るに足らない存在でしかなく、その深淵の端っこを覗いてしまった人間は絶望的な恐怖に襲われることになるのです。
そもそも深淵の全貌を知ったところで正気を保つことはまったく不可能でしょう。
宇宙、あるいは超自然の前に人間はまったくの無力であり、それゆえの圧倒的な恐怖と絶望感こそがコズミック・ホラーの世界観であるといえます。
全集をレビューしてゆく中で、ラヴクラフトの魅力を少しずつ紹介してゆきたいと思います。
テンプル騎士団
テンプル騎士団を大雑把に説明すれば中世ヨーロッパの僧兵ということになります。
つまり宗教団体と軍隊が密接に結びついた組織という点で一致していますが、両者にはかなりの相違点もあります。
まずはブリテン島からアラビア半島、エジプトに至るまで広範囲に渡り、国境を超えて活動していたという点です。
比叡山に立て篭もる僧兵とはかなり活動範囲が異なります。
また農業や酪農、金融や運送といった分野にまで進出し、ヨーロッパ随一と言われるほどの経済力を誇っていたという点です。
今でいえばグローバル大企業ということになります。
次に聖地エルサレムを巡るキリスト勢力と力イスラム勢力との戦いにおいて、十字軍と呼ばれたキリスト側勢力の中心戦力として活躍し続けたという点です。
テンプル騎士団の団長はフランス国王やイギリス国王、ドイツ皇帝と肩を並べられる程の存在であり、多くの国でヒーローのように讃えられたという点でも僧兵のイメージとはだいぶ異なります。
本書は多くの西洋を舞台とした歴史小説を手掛けている作家の佐藤賢一氏が、テンプル騎士団を解説した1冊です。
小説のように物語調でテンプル騎士団を紐解いてゆく本だと思ったのですが、実際には西洋史の専門家のように文献や時代背景を元にした細かい解説が中心となっている点は意外でした。
テンプル騎士団の成り立ちからその終焉までを追ってゆくのはもちろんですが、彼らの組織管理手法や経済活動まで多角的に分析しています。
とにかくヨーロッパおいて最強の武力と経済力を持つ組織として頂点に上り詰めたテンプル騎士団ですが、聖地を巡礼するキリスト教徒が安全に旅ができるよう、たった2人でパトロールのボランティアを始めたのがきっかけでした。
テンプル騎士団の印章は1匹の馬に2人の騎士がまたがっている姿が図案となっていますが、それもボランティアを始めた2人が住む場所もないほど貧乏で、馬も2人で1頭しか用意できなかったことに由来しています。
テンプル騎士団の成長過程を見ていくと、ガレージで起業して世界的大企業へと成長したグーグルやアップルとテンプル騎士団が重なって見えてしまします。
ただし国家をも凌ぐ経済力を持ったテンプル騎士団もやがて崩壊せざる得なかった事実を考えると、世界を席巻するビッグ・テックを呼ばれる企業もやがて衰退する時が来ることを示しているのかも知れません。
もちろん本書ではここまで言及していませんが、中世ヨーロッパの歴史を彩ったテンプル騎士団を知る上で手助けとなる1冊なのは間違いありません。
ちなみにテンプル騎士団と同時代に活躍したもう1つの聖ヨハネ騎士団については、塩野七生氏の「ロードス島攻防記」が歴史小説としてお勧めです。
暢気眼鏡・虫のいろいろ―他十三篇
尾崎一雄氏のエッセイに続いて、岩波文庫から出版されている作品集となります。
本書には15篇の作品がほぼ発表年代順に掲載されています(カッコ内は発表時期)。
- 暢気眼鏡(昭和8年2月)
- 芳兵衛(昭和9年5月)
- 燈火管制(昭和9年8月)
- 玄関風呂(昭和12年6月)
- 父祖の地(昭和10年6月)
- 洛梅(昭和22年9月)
- 虫のいろいろ(昭和23年1月)
- 美しい墓地からの眺め(昭和23年6月)
- 痩せた雄鶏(昭和24年4月)
- 山口剛先生(昭和23年11月)
- 石(昭和32年7月)
- 松風(昭和46年1月)
- 蜜蜂が降る(昭和50年1月)
- 蜂と老人(昭和54年1月)
- 日の沈む場所(昭和57年1月)
尾崎氏は明治32年生まれで、日本の私小説というジャンルを切り開いた先達の1人に位置付けられる作家です。
若い頃に大病を患ったこともあり、コンスタントに作品を発表し始めたのは30歳を過ぎてからという遅咲きでしたが、昭和58年に83歳で没するまで息の長い活動を続けました。
生涯に200篇あまりの小説を書いたと言われますが、大部分が短編ということもあり、決して多作な小説家ではなかったようです。
志賀直哉に師事したことでも知られていますが、尾崎氏自身が途中で師のような作品は書けないと悟ったこともあり、実体験に基づいた装飾を排除した私小説という特徴があります。
本書のタイトルにもなっている暢気眼鏡は、のちに妻となる女性との出会いと同棲の様子を描いた作品ですが、同時に作家として殆ど活動せずに借金まみれの生活の日々を描いた作品でもあります。
書き手によっては自分の鬱屈した気分を前面に押し出した陰気な雰囲気の漂う私小説にもなり得ますが、この作品はユーモア貧乏小説と評されるようになります。
これは尾崎氏自身の性格にもよりますが、当時の私小説作品の中では珍しいスタイルだったといえます。
ここにさらに1つ付け加えるとすると、ユーモアのある私小説というスタイルは変わらないものの、前半(戦前)の作品はいかにも文学的な私小説という構成や文体を意識した作品ですが、中盤(戦後)以降はほとんどエッセイと見分けのつかないほど自然な文体で書かれており、心情を率直に作品へ反映しているという印象を強く受けます。
これは読んでいて誰にでも書けるように感じますが、プロの作家でもなかなか真似の出来ない小説ではないでしょうか。
おそらくこれは若い頃から何度か命にかかわる大病を患い、絶望や悲観を味わいながらも生還を果たした経験から得た、運命にすべてを委ねた自然体から漂う天衣無縫さが作品に反映されたもののように思われてなりません。
単線の駅
年末からある作家の全集を読んでいますが、同じ作家の作品を読み続けるのは多少の飽きが出てきます。
そこで気分転換に手に取ったのが、明治時代生まれで昭和期に活躍した作家・尾崎一雄氏のエッセイです。
昭和40年代から50年代始めに各氏に掲載されたエッセイを集めた形で出版されていますが、おおよそ尾崎氏が70代の頃と一致します。
エッセイはその手軽さから多くの芸能人も出版していますが、やはり本職の小説家が執筆したエッセイは味わいがあり、個人的には遠藤周作や北杜夫といった昭和期に活躍した作家のエッセイがもっとも好きです。
老作家の書くエッセイからは、日々の出来事や心境だけでなく、これまで蓄えてきた経験、知識に裏付けされる"確固たる人生観"を知ることができます。
今でこそ70代になっても元気に活動し、いつまでも健康に過ごそうという意欲のある人が増えた印象がありますが、昭和の作家たちに共通するのは60代後半から70代にもなると、自らの人生が晩年にあることをはっきりと意識し、遠からず自らに訪れる"死"を静かに正面から受け止めている点であり、その心境が文字を通じて感じられるのです。
こうした条件を完全に満たしているのが本書「単線の駅」です。
尾崎氏は志賀直哉に師事して小説を書き始めますが、何度か大病を経験したこともあり決して多作な方ではありませんでした。
また療養のため自然の豊かな小田原市・下曽我にある実家で長らく作家活動をしたことでも知られています。
草木や昆虫を題材したものから、近隣の人びとや作家仲間との交流などを回想と共に穏やかに綴っています。
たわいの無い話題が殆どですが、過度な装飾や肩肘張らない文章から漂ってくる雰囲気に引き寄せられてしまうのです。
また本エッセイの書かれた時期は高度経済成長時代と一致しますが、尾崎氏は世の中が便利になり暮らしやすくなったことは認めつつも、経済発展を優先するあまりに引き起こされた自然破壊や環境汚染に対して警鐘を鳴らしておりり、世の中に蔓延する科学万能主義の風潮へ対してはっきりと反対の姿勢を示しています。
著者が亡くなってからバブルが崩壊し、高齢化社会の到来とともに人口が減少する時代が訪れましたが、経済成長真っ只中に尾崎氏が唱える「人間にとって自然は征服すべきものではなく、共存すべきもの」という主張はリクスを要するものであり、晩年を迎えた作家が最後の義務であると意識していたに違いありません。
イギリスの不思議と謎
外国を理解するためには、色々な側面からその国を知る必要があります。
かなり前に「イギリス観察学入門」という本を紹介しましたが、そこではイギリスの日常的な風景、食生活やライフスタイルなどが解説されており、例えば観光でイギリスを訪れる際に役に立ちそう1冊でした。
もちろんイギリスといっても多様な人種や文化が存在する国であり、それをひと括りにすることは不可能ですが、本書ではイギリスに住む人々の根底にある概念、認識、あるいは思考といったものを解説しています。
それを日本人に置き換えてみると、かつて存在した"武士"へ対して抱く概念、神社仏閣への信仰心、伝統文化への理解、隣国へのイメージなど、それは形として目には見えにくいものです。
本書で解説されているのはイギリス人にとってのそのような内容であり、当たり前ですがそれは歴史上の中で少しずつ培われてきたものです。
日本ではようやく最近見なくなった風景ですが、イギリスのパブリックスクールでは、19世紀はじめ(約200年前)に先生の生徒へ対する暴力、それに反抗する生徒といった構図で学校の秩序が崩壊した時期がありました。
そうした子どもたちのエネルギーを違う方向に導き、利己的な行動を抑制して団体行動の重要さを教育するためにスポーツという教育手段が取り入れられました。
イギリスはサッカーやラグビー、クリケットなど多くのスポーツの発祥の地と言われますが、その背景には歴史的な学校の制度改革があったからです。
ほかにもなぜイギリスは茶木が自生しない国にも関わらず、紅茶の国、つまりアフタヌーンティー文化発症の地となったのかについても、本書で解説されている歴史的背景は興味深いものでした。
本書のはじめにイギリスは一般的に礼儀としきたりを重んじる保守的な国というイメージがある一方、新しいものを積極的に受け入れる国であると書かれていますが、イギリスという国の成立過程からして多様で複雑な文化を内包していることを考えると当然であるという見方もできます。
それは良い面もあり、一方で未だに続く地域感の不協和音や対立といった負の側面も持っているいるのです。
つまり一筋縄には行かないイギリスの懐の深さは、タイトルにある通り「不思議と謎」でもあるのです。
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