血の味
冒頭はいきなり次の1行から始まります。
中学三年の冬、私は人を殺した。ナイフで胸を一突きしたのだ。
沢木耕太郎氏の作品は何冊か読んできましたが、どれもノンフィクションであり、彼の小説作品は今回が始めてです。
少年犯罪を取り上げた作品、または犯罪者心理に鋭く切り込んだ作品、もしくはミステリー小説なのかと予想しながら読み進めていきましたが、結果から言えばそのいずれでもありませんでした。
冒頭で主人公は、20年前の自分が少年時代に起こしてしまった殺人事件をふり返っています。
そして主人公は殺人を犯すまでの2ヶ月の日々は克明に覚えていても、ナイフが相手の胸に吸い込まれてゆく手のひらの感覚を最後に、記憶がぷつりと途切れています。
つまり主人公は、過去の自分が「なぜ人を殺してしまったのか?」の動機を未だに見つけられずにいたのです。
作品では殺人を起こすまでの2ヶ月間の出来事や主人公の心理状況が克明に描かれており、テンポよく進んでゆきます。
それでも著者は作品の後記に次のように書いています。
この『血の味』という作品は、十五年前に書きはじめられ、十年前にはほぼ九割方書き終えていたものである。
しかし、自分で書いていながら、そこに書かれていることの意味が充分に理解できないため、最後の一割を残して放置されていた。
本書はノンフィクション風の小説ではなく、一人称視点でいかにも小説作品を意識して執筆されています。
それだけに主人公は単に刹那的、発作的に殺人を犯したというオチでは作品が締まりません。
そのためには、誰よりも作者自身が納得いく理由と結末が必要であり、それが見つかるまでは放置されていたのです。
決して衝撃の結末といった安易なものではなく、作者が導き出した必然性を読者が納得できるかどうかは読んでみての楽しみです。
読了後もは余韻を引きずるような作品であることは間違いありません。
深夜特急6―南ヨーロッパ・ロンドン―
いよいよ1年にも及ぶ長い旅を描いた紀行もいよいよ最終巻となります。
ギリシャからイタリアへ入った旅人(沢木耕太郎氏)は、サン・ピエトロ大聖堂でミケランジェロの「ビエタ」像に感動し、モナコからニースへ向かう途中のバスの中から見た地中海の美しさにに心を奪われます。
そこにはアジア各国をバックパッカーとして放浪していた著者の姿はなく、普通の観光客といった様子に見えます。
やがてマルセーユに着き、1日後にはパリへ着くという直行バスの時刻表を見ながら著者は、「ここが旅の終わりではない」という確信めいた思いを抱きます。
そこで行き先をパリではなく、スペインのマドリードへ変更することになるのです。
さらにそこからポルトガルのリスボンに到着しますが、そこでもここが最後の地になることに納得できない自分がいます。
そこでイベリア半島が大西洋と接する先端、つまりユーラシア大陸の最南西端であるサグレスを目指すことになります。
夜に到着し、また季節は冬ということもあり、観光シーズンを終えて閑散としたさい果ての街という雰囲気が漂っていました。
露頭に迷いそうになった著者は、運良くシーズンオフで閉まっていたペンションで宿泊することができます。
そしてそこで朝を迎えた著者は驚くことになります。
窓の真下に青い海があり、水平線上にはまさに昇ろうとする太陽が輝いていたのだ。
このペンションは、いやホテルは、海辺の斜面に建てられており、しかもここは、海を望む最上の部屋だったのだ。
眼の前には大西洋が迫り、ということは、その遥か彼方にはアフリカ大陸があるはずだった。
そしてとうとう、いくつもの偶然で訪れることになったサグレスの街で岩の上に寝そべり、崖に打ち寄せる大西洋の波音を聞きながら、旅の終わりを確信するのです。
普通の旅であれば目的地があり、そこで観光ないしは決まった日数を滞在すれば、その旅は終了となります。
しかし期限を定めず、バックパッカーとして旅を続けてきた著者には普通の旅とは違う、自身の内面的な旅の区切りが必要だったのです。
沢木耕太郎氏はこの旅を26歳のとき、1973年頃に経験します。
一方で深夜特急が世の中にはじめて発表されたのは1986年であり、この最終巻が発行されたのは1992年です。
つまり旅を終えてから20年近くが経過して完成した作品ということになります。
作家としてもっとも脂の乗った時期に若かりし頃の旅を振り返ったこともあり、作品前半の無軌道で刺激的な旅から、後半の感傷的で落ち着いた雰囲気の旅という、旅を人の一生になぞらえたようなシリーズ構成は素晴らしく、読者が作者と一緒に旅を疑似経験しているかのような臨場感があります。
これを見て刺激を受けた多くの若者が、著者と同じようにバックパッカーとして旅立って行ったに違いありません。
やはり若くて感受性の強い時期にこうした旅を経験することは素晴らしいことであり、逆に言えばある程度の社会経験を積み、家族や仕事を持った大人が決行する旅としては無謀過ぎるのかもしれません。
私自分身にバックパッカー旅行の経験はなく、今さら経験したいという願望もありませんが、それでも本書を読むと羨望のようなものは感じてしまうのです。
深夜特急5―トルコ・ギリシャ・地中海―
第5巻では、東アジア、南アジア、中東と旅してきた著者(沢木耕太郎氏)が、いよいよヨーロッパの玄関ともいうべきトルコへ入国することになります。
よくトルコは親日国と言われますが、著者が訪れた1970年代には「ロシアをやっつけた東郷元帥」を尊敬する老人がいたり、著者の観光ガイドを無償で買って出る若者がいるなど、今日以上の親日ぶりが伺えます。
さらに気さくに話かけてきてチャイやビールを奢ってくれるトルコ人も多く、長い旅に疲れ始めた著者には彼らの小さな親切が身にしみるようになってきます。
一方で理不尽に金銭を要求してくる輩も現れるため、やはり親日国といえども油断は禁物なことは今も昔も変わりません。
続いて入国したギリシャでは、いよいよ本格的なヨーロッパに入ったことを実感します。
著者はクロアチアなどを経由してオーストリア方面へ向かうルートはとらず、ヨーロッパの田舎と呼ばれるギリシャの中でさらに田舎と言われている南のペロポネソス半島を目指します。
田舎とはいえペロポネソス半島といえば、かつてヨーロッパで一番最初に文明が栄えた地域であり、遺跡の宝庫という点、寒いヨーロッパの冬を過ごす上で温暖な地中海沿いの方が快適に旅することができるといった点では悪い考えではありません。
ギリシャの旅ではアジアの国々で経験したような想定外のハプニングが起こることもなく、旅慣れてきた著者にとってそれは"安心"ではなく、"物足りなさ"となって感じてしまう点は興味深い心理です。
たしかに旅の性質が、バックパッカーの放浪という内容から目的地を目指す旅へと変わっったこともあり、旅の様子が落ち着いてきた印象を受けます。
多くの国でさまざまなことを経験するということは、自分自身へのインプットとなるはずですが、ギリシャから船でイタリアへ向かう著者の心にあったのは、自身が空っぽになってしまったかのような深い喪失感であったといいます。
旅がもし本当に人生に似ているなら、旅には旅の生涯というものがあるのかもしれない。つまり長い旅の終わりを考えるべき時期を迎えていたのです。
人の一生に幼年期があり、少年期があり、青年期があり、壮年期があり、老年期があるように、長い旅にもそれに似た移り変わりがあるのかもしれない。
私の旅はたぶん青年期を終えつつあるのだ。何を経験しても新鮮で、どんな些細なことでも心を震わせていた時期はすでに終わっていたのだ。
そのかわりに、辿ってきた土地の記憶だけが鮮明になってくる。
深夜特急4―シルクロード―
デリーからロンドへバスで走破するという目的で日本を旅立った著者(沢木耕太郎氏)は、途中香港や東南アジア、インドに立ち寄り、シリーズ後半となる第4巻でようやくデリーから出発します。
本巻では、インド~パキスタン~アフガニスタン~イランというルートをバスで走破することなりますが、そこでパキスタンのバスは世界で最も恐ろしい乗り物であることを知ります。
運転手は眼の前にあるすべての車を追い抜かなければ気がすまないらしく、対向車線に大きくはみ出して前方のバスを追い抜こうとします。
しかし後続車に並ばれたバスもスピードを緩めず、猛スピードで2台のバスが並走することになりますが、そこにもう1台のバスが対向車として現れます。
それでもこの3台のバスはいずれもがスピードを落とすことなく、避けようともしません。
著者がもうだめだと眼をつぶり、再び眼を開けると不思議と3台とも何事もなかったように走っていると言います。
まさに神業ですが、もちろんそれがいつでも通用するわけではなく、事故も頻発しているようであり、当たり前のように乗客としての乗り心地は過酷なものとなります。
どうもパキスタンのバス運転手にとって後続車に追い抜かれたり、自分から対向車を避けたりすることは彼らのプライドが許さないらしく、それが乗客の安全よりも優先される感覚はなかなか日本人には理解できないものではないでしょうか。
本シリーズを通じて言えることですが、乏しい所持金で旅を続けるバックパッカーにとって重要な資質の1つは、「値切り」の交渉能力ではないかと思えてきます。
これもスーパーやコンビニ、チェーン店が溢れている日本人にとって慣れない習慣ですが、そもそも相手から提示される金額は交渉開始の値でしかなく、それをどこまで下げれるかは交渉次第ということになります。
著者の旅したこの時代にはインターネットがあるわけもなく、バックパッカーたちの間でその国の物価の相場感を把握しておくことも重要なことでした。
イランにあるイスファハンのバザールを訪れた著者は、バザールで気に入った懐中時計を見つけ3日がかりで値下げ交渉を続け、最初の提示額から半額以下で入手することに成功します。
この時に著者も少し値切り過ぎたと後悔しますが、世界に名高いペルシャ商人が損をするような価格で物を売ることはあり得ないと考え直し、尊敬の念すら抱くようになります。
本巻からはロンドンへのバス走破という具体的な目的へ向かって動き出し、今までのようにアテもなく1ヶ所に長期滞在することは少なくなります。
旅にテンポが生まれ始め、いよいよゴールに向かって動き出したという緊張感のようなものが、バスに揺られる著者の様子から読者にも感じられるのです。
深夜特急3―インド・ネパール―
デリーからロンドンまでのバス旅行を計画した著者(沢木耕太郎氏)は、途中で香港やバンコクを経由してかなりの時間を滞在することになりました。
そしていよいよバンコクからデリーへ出発しようという段階になって、行く先をカルカッタへ変更することになります。
インドといえば著者のようなバックパッカーたちにとって聖地と言われる場所です。
まずは物価が安いこともありますが、混沌として雑多なものを受け入れる懐の深さにハマってしまう旅行者が多いようです。
例に漏れず著者もカルカッタで香港以来の興奮を体験することになります。
それは街を歩いているだけで、日本では目にすることが出来ないさまざまな景色を見ることができるからです。
たとえば路上には、カラスと一緒に残飯をあさる老婆がいれば、犬に石を何個もぶつけて吠え出すかを賭けている子供たちもいる。牛に売り物の青草を盗まれる女もいるし、ネズミを商売のタネにしている男もいる。
お世辞にも衛生的とはいえない街中でこのような光景を見て、著者は次のような感想を抱きます。
カルカッタにはすべてがあった。悲惨なものもあれば、滑稽なものもあり、崇高なものもあれば、卑小なものもあった。
だが、それらのすべてが私にはなつかしく、あえて言えば心地よいものだった。
昭和22年(1947年)に生まれ、昭和30年代に少年時代を過ごした著者は、カルカッタの子供たちが粗末な服を着て路上を走り回っている姿を見て、貧しくも毎日が楽しかった少年時代を思い出していたのです。
その後もインドの各地やネパールのカトマンズへも訪れたりと精力的にインドやその周辺を動き回ります。
ヒンドゥー教の聖地・ベナレス(バラナシ)を訪れた際には、一日中死体焼場で焼かれたり、川へ流されたりする死体を眺め続けるといった過ごし方をしたりしています。
本来人が集まる街には、そこに住む人の数だけ死があるはずですが、たとえば路上の行き倒れといった光景を現代の日本のような街中で見かけることはなく、ある意味で"死"はなるべく人目につかないように隠蔽されていると考えることができ、本来インドのような光景の方が自然なのかもしれません。
著者は人気のある観光名所にほとんど興味や感慨を抱くことはなく、異国の地に住む人びとやその生活の営みの中に異文化の刺激を受けることを求めていたのです。
そうした意味ではインドは著者にとって期待を裏切らない土地であったことは間違いなく、同時にこの旅の中でハイライトといえる場面であったかもしれません。
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