レビュー本が1000冊を突破しました。
引き続きジャンルを問わず読んだ本をマイペースで紹介してゆきます。

北の大地の無法松

北の大地の無法松

北海道東部にある女満別(めまんべつ)

札幌や旭川といった町からも遠く、決して賑わっているとはいえない地域です。

有名人の半生を綴った伝記は数多くありますが、本作品はその女満別に住む無名の老人(大江省二さん)を対象とした伝記です。

大江さんの両親が開拓者として女満別にやってきたのは明治時代の終わりであり、大江氏は大正時代に生まれています。

まだ当時の女満別には電気も水道もなく、太陽を見るのも覚束ないほどの木々で覆われた開拓地で育ちます。

家も丸太を立て掛けて作ったような"小屋"のようなもので、白米も滅多に食べることの出来ないような生活でした。

電気・水道もなく、大正時代といえども江戸時代の東京に住んでいた人たちの方が便利な生活であったといえるような環境です。

もちろんそれが当時の開拓民たちにとっては標準的な生活だったわけで、大江さんの家が特別貧しかったわけではありませんでした。

むしろ圧倒的な大自然、夜空に輝く満天の星、助け合って暮らす家族たちとの生活など、ある面では現代に生きる私たちが願っても得られないような環境であったともいえます。

つまり決して物質的なものだけが幸せの尺度ではないことが良く分かります。

やがて大江氏の成長と共に女満別も急速に近代化してゆき、大工、タクシードライバー時代の経験、黒澤明監督の映画撮影のためにカラスを捕獲して手伝いを行った思い出など、面白いエピソードが散りばめられています。

結局は平凡に見える人生でも、掘り下げてゆけば"平凡な人生などは存在しない"ことがよく分かります。

淡い思い出の恋愛談、都会での失敗談、職業の遍歴等々、、何の変哲も無い話題ばかりなのですが、どれも味わい深いものがあります。

女満別で生まれ育ち、第二次世界大戦、そして高度経済成長といった激動の時代を不器用ながらも真っ直ぐに生き抜いた1人の人間のドラマが綴られている1冊です。

将来いつかは民俗学の資料としての価値が出てきそうな作品です。