シェエラザード(下)
「シェエラザード」下巻のレビューです。
上巻を読み始めたときには、主人公たち一行が地没船「弥勒丸」に眠る埋蔵金を追い求める冒険譚を想像していましたが、物語は意外な方向に進み始めます。
それは金塊運搬計画に関わった関係者、そして数少ない「弥勒丸」の生存者の証言と共に、やがて当時の回想録が小説のメインになってゆくことです。
主人公(と思い込んでいた)の軽部たち一行は、当事者たちの回想録を引き出すためのいわば"聞き役"に周り、厚いベールに包まれた真実が少しずつ明らかになってゆきます。
ネタばれしてしまうと一番面白くない部類の作品のため、物語の詳細には触れませんが、この小説を通じて感じるのは、戦争の悲惨さと平和な現代の日本の対象的な風景です。
戦況を正しく理解出来ていない(もしくは理解しようとしない)大本営作戦本部のエリート参謀たちが、多くの兵士を無駄に死に至らしめ、そして軍人に留まらず多くの民間人をも巻き込んだ悲劇を生み出しました。
その悲劇の真っ只中を生きてきた人間たちのドラマが、本作品の主題であるといえます。
本作品はフィクションとはいえ実際の"阿波丸事件"をモチーフにしているため、決して荒唐無稽な話ではなく、非常にリアリティのある内容です。
しかもこの"阿波丸事件"は、有名なタイタニック号以上に大規模な海難事故にも関わらず、米軍の潜水艦に沈められた経緯が不明なこともあり、いかに戦争が理不尽なものとはいえ、余りにも取り上げられる機会が少ない事件の1つです。
過去の呪縛と清算。
人間の執念がつむぎ出す壮大な歴史ロマン・ミステリーです。